■手厳しい現場の声に本多の古傷がうずく
こんにちは。
業界では、新雑誌の大半がここで消滅するといわれる第3号の発行となりました。編集兼執筆の本多泰輔(ほんだ たいすけ)です。
前号の予告どおり、現役のビジネス書営業マンに販売現場の本音を聞きました。
この冬一番の寒気の中、厚手のコートに身を包み、相変わらず律儀に定刻の五分前に愛想良く現れたAさん。
大手老舗出版社の営業幹部で、業界の営業マンにはめずらしい(?)落ち着いた人柄と細をうがつ該博な知識で取次、書店の方々からも信頼厚い人物です。
会社は、ビジネス書の他にも多くの出版物を発行する業界上位の版元。上位でビジネス書も出している版元といえばそう多くはないので、あまり詳しい紹介は出来ません。
詳しく紹介するとまずいくらい鋭く本音を語ってくれました。今さらながら現場の声を聞くと、気楽に売れない本を出し続けてきた過去を思い出し胸が痛みます。
営業の皆さん、書店の皆さん、取次ぎの皆さん、本当にごめんね。
エジプトの神話では、死後、審判の場で生前の行いがてんびんにかけられるそうですが、出版界のオシリス神がいたら私はまちがいなく地獄行きです。あっ!だからいま地獄にいるのか。
■どんな著者に出てきて欲しいですか
本多:本づくりは、編集部の仕事とはいえ、いまや営業の意見を無視して本はつくれない時代。前回のSさんも言ってましたが、販売部数が見込める著者でないといけませんか?
A:「ほう!Sさんがそう言ったの?意外だね。そしたら、私も少し踏み込んでお話しましょうか。やはり立場上、組織票というか、販売数が見える人の本はありがたいですよね。
営業にとって大事なことは売ることだから、ベストセラー著者の本ばかり出ればいいに決まってるけど、そんなのは与太話でしかない。
実際、うちがある程度出版界で上位にいられるのも、過去に何が売れたからというよりも、良心的な本づくりというか(照れ笑い)、世にないテーマの本、面白い企画の本を出し続けてきた。たとえ少ししか売れなくてもね。
そういうことを評価していただいた結果だと思う。だから編集部には、あまり日銭を追いかけるような企画ばかり出してほしくない。
まあ、Sさんも本多さんのために、あえて刺激的なことを言ったんでしょう。売れればよいと言うようなタイプじゃないからね。
やはり、面白くて、世にない企画テーマを持った人に本を出して欲しい。その上で、いくらか販売部数が見えれば言うことないんですけどね(苦笑)」
■著者に期待する販売力とは
本多:著者側の販売量ってどのくらいあればいいんですか?
A:「希望を言えば3,000部以上は欲しいですね。まあ、こうした数字は版元によっても事情は違うだろうから一般論にはならないけど。
ただ、著者に販売力がなくても、面白くて世にない企画だったら出すように働きかけますよ。本は著者が売るものではなくて、われわれが売るものですから。著者の販売に期待するようじゃあ営業なんていらないでしょ」
本多:年間を通じて講演会やセミナー参加者に何部かずつ買ってもらうような形でもいいんですか?
A:「いいですよ。ちゃんと守ってもらえば。でも、よく話だけで終わっちゃうことがあるんだよね。
他社の話だけど、重版までしてセミナー販売を期待してたのに空振りに終わったなんてことを聞くとやっぱり慎重になります。その著者けっこう有名人だったらしいよ」
本多:聞いたことあります。その著者よそでもドタキャンで迷惑かけてます。
■コマッタ著者はこんな人
A:「業界狭いから、なんでも筒抜けだね。お互いブラックリストに載らないよう気をつけましょう」
本多:Aさんの評判は磐石だから、ちょっとやそっとのスキャンダルではびくともしないですよ。でも、なんか問題起こした著者の本は出さないようにしますか?
A:「他社で問題起こしたケースのことですね。問題の質にもよりますね。だいたいそういう情報は営業現場から入ってくるのがほとんどだから、書店さんが嫌がることをしたら、まず業界全体に広がりますね。
お店に行って自分の本の置き場が悪いだの言う著者がたまにいるんですよ。ある意味、熱心さの表れですから、書店さんもわりに大目に見てくれるんですが、態度が横柄だったり、くどかったりして心証悪くするとするとアウト。
100%すべての版元営業マンに伝わります。同業者同士、けっこう情報交換はしますからね」
本多:自社の問題はどうなんです?
A:「著者も自分の本を出した出版社とは、そんなに問題起こしませんよ。
本づくりに対する提案というか、クレームは編集部も共同制作者ですからある程度受け入れますが、販売に関するというか、要するに広告の出稿量や配本に関しての過度な注文はいただけませんね。
いずれもコストに関わることですから。とくに中小出版社にとっては、かなりナーバスになる問題だと思います」
■出版社と協力して販促を
本多:著者としても自分の本は気になりますよね。どうすればいいんでしょう?
A:「例えば、地方で著者が講師で200人集まるセミナーをやるとします。大勢の人が来れば、本もかなり売れますからこちらとしても悪い話じゃありません。
そこまで具体的な話じゃなくても、例えばパブリシティに積極的に協力してくれるなど、前向きな提案と共に広告や配本についてもお話いただければ、出来る出来ないは別として話は円満に進むと思いますよ。
誤解されるといけないので、あえてつけ加えますが、なにも出版社にゴマをする必要などはありません。それはまったくない。つまり、目的を同じくするもの同士、本を売るための協調路線でやれればいいわけです。
自分が書いたからには売れるはずだ、後はしっかり売れ、とはっきり言う人はいませんが、どうやらそう思っているらしい人はいます。こちらからお願いしているんですから、ある意味当然ですが。
とはいえ、年間300点も新刊があれば、抜群の売れ行きのものは別格ですが、営業も人間のやっていることですから、ちょっとしたことで思い入れが違ってくるのは否めない。
うちはやってませんけど、著者も広告に協力しながら販売促進しているとこもあるそうです。
版元から要求できることではありませんが、広告予算をあまりとれない規模の小さなところにとっては、感謝感激でしょう。金額の多寡は問題じゃない。なにより気持ちがありがたいですよ」
本多:不幸にして返品の多かった著者はどうですか
A:「返品が多いのは、出版社の企画が悪かったせいですから、著者を恨むのは筋違いです。次の企画に生かしていただけばいいと思います。
ただ、2回3回と続けて返品が多い、つまり売れなかったりすると少し考えますよね。
それは、やっぱり著者のせいにするというわけじゃなくて、著者と出版社の相性ってのがあるんですよ。うちでは売れなくても、同じ著者が似たようなテーマの本を違う版元から出したら売れたということはけっこうあります。
よそで売れたから、ありがたいことに、うちで再チャレンジしてくれたけど、残念ながらまた不発だったこともあります。だから、相性というのも案外無視できないことなんです」
■営業が告白する企画の死角
本多:持ち込み企画のタネは出版社の目録から探せ、とSさんが言っていたんですが。
A:「そういうことはありますねえ。いま書店さんの棚はテーマごとに管理されていますから、棚に自社の本がひとつもないというのは機会損失している気がします。
売れないテーマのものもありますが、書店さんが大事にその棚を維持してくれている限り、われわれもそれに応えていきたいと思います。
だから、抜けているテーマがあると編集部につくるよう要請しますね。
ただ、それがあまり売れそうなテーマでない場合、編集はいやがりますけどね。本人の成績に影響しますから」
本多:なるほど。ねらい目だけど、企画テーマにはひと工夫が必要だと。
A:「編集からすればそうでしょう。いままで売れなかったものと同じものなら、結果が見えているからつくりたくありませんよね。編集担当としては動きの地味なものよりヒットをねらいたいんだよ」
■ベストセラーを追っかける企画
本多:その他、欲しい企画テーマというのはどんなものですか?
A:「ビジネス書の場合、他社が先行したテーマでも、後から追いつくことも、場合によっては追い抜くことも不可能ではない。
だからスタートで売れ行きのよい本があれば、すぐに同様のテーマで出したいですよね。
実際は、営業から編集へ後追いの要求をしても、著者を探すところから始まるから、急いでも4ヶ月後の発行になる。この期間をせめて2ヶ月くらいに縮めることが出来れば」
本多:このメルマガの延長線上で【編集部企画会議室】というのをリンクさせようと考えているんです。つまり、Aさんのところが求めている企画テーマを「室内」に掲げ、著者の名乗りを上げてくれる人々を募るのです。
A:「オーディションというか、入札みたいだね。でも売れ行きのいい企画は、どこも注目しているから、結局横一線になるんじゃないの。【編集部企画室】はだれでも入れるんでしょう」
本多:一応メンバーオンリーですが、ネットですからね。徹底した制限はできません。でもあらかじめ著者に専門分野と企画テーマ、原稿のあるなしを登録しておいてもらえば、登録者の中から、適性の高い方に個々オファーをかけることも出来ます。これはクローズですよ。
A:「ふむ。そういう具合にうちを優遇してくれるのであればいいですね。とにかく速い対応が重要なんです。期待しておりますよ」
■ロングセラーを掘り起こせ
本多:そのほかでは、どこに目をつければいいんでしょう?
A:「棚でよく回転する本ですね。あるジャンルでは、点数を増やしたいというものもありますし、リニューアルしたいものもあります。
古典ものでもビジネス書は、例えば『孫子の兵法』にしてもその時々に応じた解説を付けていますので、重版のたびに改訂するだけではどうしても古くさくなってしまうんです。
だからといって新刊でやるとなるとコストもかかるんで、実行するまでには決心が要ります。それでも市場から退場させられるよりはリニューアルを選びますね」
■過当競争時代の出版界
本多:Aさんのところでは、ビジネス書の新刊発行点数は年間どのくらいなんですか。
A:「単行本の新刊だけならは300点くらいでしょう。その他のものを加えるとちょっと見当がつきません」
本多:その他というのは文庫とか新書ですか。
A:「いや、そのへんをいうと覆面にならないから・・・」
本多:すいません。つまり、Aさんが捕捉している新刊の数が毎年300点超だということですね。それでその年間300点のうち、いったい市場(書店の売り場)に残るのはどのくらいなんですか?
A:「当社の場合でいうと、3年たって残っているのが半分くらいかな」
本多:3年間生存率50%?ずいぶん多いですね。
A:「多い方だと思います。もちろん新刊じゃないから、棚挿し(背表紙を見せる陳列)で一冊か二冊くらいずつお店にあるということですけど。
偉そうに聞こえるかもしれないけど、やはり当社に対する書店さんの信頼が背景にあると思います。つまり、月に一冊しか売れない本を何種類も置けないですから、どれも売れ行きに変わりがなければ、どこどこ社の本を置いておけとなるのです。
こうしたことはのれんの力ですが、大きなことです。お店にない本は売れないですから」
■大量新刊発行のジレンマ
本多:現在、7万点くらいの新刊本が出てるわけですが・・・
A:「ビジネス書も増えましたよね。単行本だけじゃなくて、文庫、新書もかなりの数ですし、文芸書の老舗からもビジネス系のテーマで新刊が出てきています。
そうすると、書店さんの売り場面積は限りがあるわけですから、新刊でも動きの鈍いものはすぐ棚挿しに移し、そのためのスペースは棚の在庫を返品することでつくるという繰り返しになります。
すると営業としても、長く売れるものより足の速いものねらいで、編集部に要求しますので、落ち着いた本づくりはできませんね。出版界全体の傾向ですが、新刊重視の傾向が強い。
一方、読者はなにも新刊だけを求めて書店さんに足を運ぶわけではないので、欲しい本がない、となる。欲しい本は版元の流通倉庫に在庫として断裁処分を待っている、などという憂鬱な状況がありますね」
本多:経営的にもしんどいですね。売れない本ばかりつくってた私が辞めるとき会社が引き止めたのが不思議です。
A:「周りの目もあるからね(笑い)。それに売れたものもあるじゃない。ともかく、経営的には新刊が増えれば、どうしても返品も増えますからね。コスト高になります。
『ハリーポッター』のように出せば売れるという本や、50万部、100万部を超えるスーパーベストセラーが出ないと、従来の流通に頼る版元の経営は苦しいですよ」
■新しい流通に応じた本づくり
本多:新しい流通ルートはあるんですか?
A:「ネット書店での量が増えてます。まだまだ規模はリアルの比ではないですが、さっき言ったような版元の倉庫で眠ってるような商品でも
購入可能ですから、リアルの書店さんの弱みをカバーするような存在でしょうか。立ち読みもできませんし、万引きの心配もない」
本多:立ち読みできないと、買うときの決心はどうやってつけるんですかね。
A:「目次や紹介文はついてますから、判断の目安にはなるようです。うちでは、ネット書店の扱い量は毎年伸び続け、もうすぐ全体の10%に届く勢いです。ネット書店向きの本づくりも必要になるでしょう。
本多さんとこもこうしてネットで仕事してるんだから、いいノウハウお持ちなんでしょう。すこし協力してくださいよ」
本多:いや、ノウハウないんですよ。コンビニのルートはどうなんですか?
A:「文庫、コミック、ゲーム攻略本などは、シェアが大きいんじゃないですか。これも他社の例だけど、例えばパチンコ雑誌は正常ルートよりコンビニのほうがウエィトが高いというようなことも聞きます。
文庫も正常ルートに流す部数よりも、コンビニルートに流れる部数の方が倍以上大きいというものがあります。
ビジネス書がどこまでコンビニで売れるか、まだまだ疑問ですが、すでにトライしている版元さんもあるやに聞いておりますし、この分野も注目しておく必要があると思っています」
■まとめ「明日(の出版)のために」・・・その2.
〜販売現場が求めている著者〜
1.面白くて世にない企画を持っている人
2.出版社と協調しながら販売に協力してくれる人
3.出版社との相性がよい人
4.タイミングのよい企画をすばやく仕上げてくれる人
5.棚で抜けてるテーマを補ってくれる人
6.売れ行き良好書の拡大、リニューアルをしてくれる人
7.ネット販売等、新流通対応の本づくりができる人
次回は、実際に著書を出されたコンサルタントの方に、ご自身の出版体験を語っていただきます。お楽しみに。
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