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第028号 『あてにならない文章講座:レッスン3−2』
    〜他人の体験が書けるようになれば著書は増える!〜
おはようございます。
未開の避暑地にいるため、一日一回遭難しかけている本多泰輔です。

市街でしたら道に迷っただけですむことが、山中では生命の危機に瀕します。生還を期すには、散歩するにも3日分の水と食糧を携帯せざるを得ません。

こうして、たかが散歩でも際どい体験に直結するというのは、常にネタを探しながら生きている私にとっては大変ありがたいことです。

しかし、どんなに冒険の毎日を過ごそうとも、人ひとりのできることには限りがあります。どんなに頑張っても日本の総理大臣とアメリカ大統領の両方を経験することは不可能ですから(いまのところ)。

ビジネス書を書くとき、体験を基にしたものは書きやすいですし、説得力にも優れていますが、自己の体験には限界があります。ひとりの体験だけでそう何冊も書けません。

小説でも自分のことを書くなら、だれでも一冊は出来ますが二冊目はなかなか出てこないといいます。著作を出し続けるには、常に体験の深堀り、棚卸を心がけていなければなりません。

というようなことを5月にレッスン3で書きました。
今回はレッスン3、“その2”です。


■他人の体験談で著書連発


研究・分析論文であれば、対象の状況が変化するたびに、「私の見通しはこうです」と発表することが出来ます。株や経済分析、あるいは「トヨタ自動車の研究」なら決算が出るたびに書くことが出来ます。

これが可能なのはいわゆる評論家。ある意味原稿書きの専門家です。

コンサルタントは、その本業の性格から執筆テーマも実務のノウハウとしていることが多く、状況分析や意見だけ言って済ませられる人はごく稀で、大抵はその結果がどうであったのか、背景を示してノウハウを語らなければなりません。

仮にその意思がなくても編集部に語らせられます。

自身に実務実績の体験があればよいですが、といってどの本にもいつも同じ体験が記されていたのでは、読者はともかく編集者としては「ぜひわが社からも著書を」とは言えません。

また、自分自身に適当な体験がないこともあるでしょう。

そういうとき、よくある手は実名でも仮名でも体験者を登場させ文中で語ってもらうやりかたです。某さんはこう言った、またはこうやった。

例えばこんな具合。


<テーマ “リスク管理”>

また、御巣鷹山の夏がやって来る。

航空機事故、列車事故、地下鉄テロ、予期せざる災難にわれわれはどう対処すればよいのか。アクシデントに遭遇した際、生死を分けるものは何なのか。

先日、九死に一生を得て生還した本多さんのケースを見てみよう。
本多さんはそのときのことをこう話す。

「いやあ、いくら山ん中ったってタバコの自販機くらいあるだろうと思って、とことこ歩いていったんですよ。でも、いくら行っても何にもない。しかも、普段からしんどいことは避けるポリシーなんで、下りの楽な道ばかり選んでました。

で、諦めて帰ろうとしたら、ところどころで不規則に道を変えているし、帰りは登りばっかりだから行きの倍以上の時間がかかる。

道には迷う、日は暮れる、蚊にさされる、足は痛い。夜空に浮かぶ異様にデカイ月を眺めながら、途方にくれもはやこれまでかと辞世の句を呟きかけたとき、視界の隅にほの灯りが。

おお、懐かしき文明の徴、人の営み。灯りをめざし底の擦り切れたサンダルを引きずりながら、人事不省の一歩手前の身体をようやく灯りの点いた家まで運んでくれば、そこはわが滞在中の埴生の宿。

家が一軒しかないというのは、遠くからでもこんなにわかりやすいものかと思うと同時に、灯りが自販機のものでなくてよかったと、当初の動機も忘れしみじみそう思いました」


こうした第三者の「貴重な体験」を適宜必要な折に文中に挿入していくわけです。

他人から聞いた話を「体験談」として登場させることで、文章には相応の説得力が加わります。

しかも他人の話なので、取材さえすればいくらでも集まります。正直に話しているかどうかいちいち疑わなければ材料に事欠くことはありません。

この調子で行けば三冊だろうが、四冊だろうが、もはや著作に苦しむことはありません。次から次へと本が書ける「打ち出の小槌」、他人の体験談。

しかし、この便利な手法も万能ではありません。
いったい何がまずいのでしょうか。

読者を侮ってはいけません。

しょせん他人の体験ですから、こればかりやってると、悪く言えば他人の話の寄せ集めという印象を持たれかねません。

ただし、役に立つ内容であれば本は売れます。


■他人の体験談の危うさ


体験談によって構成される文章というのは、いわゆる取材原稿で新聞・雑誌の記事、ルポもの、ドキュメントものなどで頻繁に見ることができます。

出版社としては、上手に構成されていれば何ら問題ありません。
むしろ読みやすく扱いやすいとさえいえます。

しかし、実務の指導者であるコンサルタントはライターではありません。そのオリジナルなノウハウを語るために執筆するのであって、体験談はわかりやすさや信頼性を得るための手段です。

クライアントの信頼をゲットするためには、他人の体験談でこと足れりとするわけにはいきません。

「Aさん、Bさん、Cさんはこうしました」というのはそれでも十分読み物としては通用するのですけれど、本業であるコンサルティングに対する権威づけとなるかは疑問です。

歴史小説家の童門冬児さんは、都庁を辞めた後、一時経営コンサルタントのようなことをしていたそうです。やはり童門さんの歴史小説は経営的視点に優れています。

それでも『小説 上杉鷹山』を読んで童門さんにコンサルティングを頼みに来た経営者はいません。『小説 澁澤栄一』を読んでも経営者セミナーで「歴史に学ぶ」というテーマで話して欲しいという依頼は来ても、コンサルティングのオファーは来ません。

これが上杉鷹山や澁澤栄一本人であればコンサルティングのオファーは、日本中から殺到するでしょう。

童門さんは作家ですから、コンサルティングのオファーは来なくてもいいのですが、コンサルタントが本業に結びつけようと本を出版するなら、本人のオリジナリティと権威(何も偉そうにする必要はありません。静かなる権威です)は大切にすべきです。

他人の体験談を挿入することは、割合カンタンな手法なので一度味をしめると、ついつい原稿の枚数稼ぎに使いがちです。

現に私がここで何度もやっています。
試しにご自身でもやってみてください。

瞬く間に20枚や30枚は書きあがります。一応、体験が事実であればそれなりの内容も伴いますから、執筆につまったときには便利この上ありません。

それに、ほぼ他人の体験談だけで綴られた本であってもベストセラーになったものはたくさんあります。著者の名誉のためにここでは書名を秘しますが、それでベストセラー作家になった人も一人や二人ではありません。

そういう人はコンサルタントではなく作家、著述業としてやっていくのでしょうね。


■他者の体験を吸収する


小説家でも一流となれば、他者の体験をわが身のこととして描き切ります。別にパクリとか、盗作ということではありません。

モデルは別人だったとしても、当事者ならではの心の微妙な動きを描けるまでに、著者自身の中で熟成されなければ、作品は書けないということです。

追体験、あるいは体験の創造でしょうか。小説ですから創作でいいのですが、リアリティがなければ説得力はありません。

ビジネス書でも読者に著者の力量を訴えるならば、他者の体験談であっても自分の中で熟成するのを待つべきです。また、体験談を結論ないし解決策として生のまま掲示するのは初歩の技です。

「そのときAさんはこう言いました。Bさんは納得しました」

これで終っては著者はただの書き手にすぎません。著者ならではの切り口で解説がなされなければ専門家の本らしくありません。

ケーススタディにしたって解説は必要です。

他者の体験談や意見は、それぞれの状況に対する証言として体験や意見を挿み込み、結論は自身のオリジナルという論旨の構成を守りましょう。

あるいは、他者の体験がひとつの答えであったとしても、やはり自分のオリジナルな解釈、解説を付加すべきです。そうすることで全体に一本筋が通りますし、読者の感じる印象も随分と違います。

講演やセミナーでもおなじことはいえます。

Aさんの話をするときにはAさんになりきるセンスが必要ですし、話の最後には自分のの論旨に引き戻すパワーがなくてはいけません。博覧強記ぶりを示すといっても他人の話ばかりしていてはオリジナリティを疑われます。

偉大な経営者、例えば松下幸之助の話をしても必ずしも聴衆が感心するとは限らず、本も売れないときがあります。松下幸之助の言葉は同じなのに語り手によって響きが違うのです。響かせる力がオリジナリティの差なのでしょう。

鉄鋼王カーネギーの言葉を集めたナポレオン・ヒルの『思考は実現する』は、SMIプログラムとしても多くの信者をつかんでますね。

カーネギーの言葉を素材に成功プログラムとして組み立て直しているところが、ナポレオン・ヒルのオリジナリティ。

だから日本ではヒルはカーネギーに近い知名度を持っています。アメリカではカーネギーの名声が巨大すぎてヒルの名を知る人はほとんどいないと聞きます。

SMIが最も盛んなのは我が国だそうです。本国より海外で著名という点ではコカコーラみたいです。日本人でも国内より海外で有名という人はいますね。英語で論文書いてるせいですけど。

本の原則は、あくまでも著者の持っているオリジナリティの発表にあります。そこに他者の体験を借りてくるのですから、十分に馴染ませ、自分の中で同期化させる必要があります。

そうした時間を経た上であれば、他者の体験であれ自己のオリジナリティの証左として十分役立つはずです。


■まとめ


他人の話を寄せ集めて本を書くのは、裏技として驚くほど便利です。

引用文ですとみだりに使うと著作権法に引っかかりますが、実務の現場で聞いた話は大抵言った本人もよく憶えていないことが多く、知的所有権問題を起こすことはほぼありません。つまり使い放題。

もちろん講演会の話を丸ごとパクッたりしたらダメですが、取材で聞いたことに対して対価を要求されることもまずありません。

ある意味、他人のオリジナルを書き写すだけですから、原稿はすぐ出来るし売れたら印税はすべて著者に入るわけですから、まことにけっこうな手法です。

でも、何度もいうようですが、読者はアホじゃありませんので、著者の手抜きは必ず見破ります。手抜きとはオリジナリティの欠如です。

こうした他人の話の寄せ集めで本をつくるには、著者自身の能力、すなわち文章自体にオリジナリティがあるか、何らか独自の表現方法を持っていることが必要条件です。

講演やセミナーでしたら「語りの技」ですね。

そうすると、もうこれはプロの書き手(話し手)の世界ですから、コンサルタントを本業とする人の踏み入る世界ではありません。

もっとも文筆に才能があってか、いつの間にかそっちの世界の人になってしまうコンサルタントも何人かいます。

大体は、経営評論家としてくくられる人たちがそうだろうと思います。それはそれでブレイクすることもありますから、ひとつの選択肢です。

本業コンサルティング、出版はPR。
あるいは、本業著述、副業講演。

いずれの途を選ぶにせよ、どちらも著書が出ないことには選択しようもないわけですから、試金石たる自著を早く世に出すよう日々精進してください。

日々精進ってなにするんだ?
やはり毎週このメルマガを読み続けることでしょうか。

ではまた来週。


    《編集後記》
 
自分自身をセルフ・プロデュースする、ブランディングする、という観点では「他人の体験」はルール違反のようにも思えますが、実際にはかなりのコンサルタントがこの方法を取り入れています。この「出版フォーラム」のインタビューに登場された方々の著書を、よく見ていただければ、一目瞭然!やり方はさまざまですが。やはり自分の体験だけで、身を削って書き続けるのは並大抵ではないのでは、と想像しています(発行者:樋笠)



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出版プロデューサー/本多 泰輔(ほんだ たいすけ)

プロデューサー・本多泰輔氏は、ビジネス出版社(版元)で20数年の経験をもつベテラン編集者から、出版支援プロデューサーに転身した人物です。その考え方について詳しく知りたい方は、本多氏編集のメールマガジン『コンサル出版フォーラム!本はあなたをメジャーにする』のバックナンバーをご一読下さい。








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