■世の騒擾
おはようございます。
本多泰輔です。
ここのところ出版関係者の事件が続きました。
姉歯の事件が、あまりにも影響が大きいために霞んでしまいましたが、『節約生活のススメ』の著者が、戸籍偽造で逮捕され、史輝出版がアガリクス本に続き、今度はメシマコブ本でも検挙されたりと、出版関係もささやかながら世の騒擾に一役買っています。
さらに、渦中の人、ヒューザーの小嶋社長と木村建設の木村社長も、実は本を出版していました。それも最近。あの人たちもある意味、出版関係者です。
そんなわけで今回は、いろいろ思うところがあり、標記のような徒然なるテーマで書いてみようと思います。
ブログじゃないので、一応本メルマガのコンセプトは、はずさないようにいたします。
■本を出すリスク
まずは、いまや毎日マスコミに登場するお二人の本について触れます。
木村建設の社長の本は、今年の8月に『木村イズム「現場力」で勝つ!』鶴蒔靖夫著(IN通信社)で発行されました。
対するヒューザーの小嶋社長も、同様に鶴蒔靖夫の著で『ヒューザーNo1物語』(IN通信社)を02年に、昨年3月には『ヒューザーの100m2超マンション物語』(同)を自らの著として発行しています。
出版界は奥が深い。
ヒューザーのほうは、市場在庫は残ってないようですが、木村建設のほうはしっかりアマゾンでも販売中です。
この場合、一番の痛手は著者の鶴蒔氏でしょうね。なにしろ誉めちぎっちゃってますから。原稿料は良かったんでしょうけど。
こうなると不運を嘆くしかありません。
ゴーストでやればよかったのに・・・と後悔しても後の祭りです。
この人、関東ローカルのラジオでパーソナリティやってるそうです
けど、どうしてるのでしょうね。
出版社のIN通信社は、恐らく(悪意ではなく自然な想像として)かなりの部数の買取りなりがあったと思いますから、実害はそうないでしょう。けど、ちと面目が悪いですね。
なにしろ今年の8月の本ですから、市場には十分残っているわけです。
鶴蒔さんと組んで、この種の企業物をたくさん出しているようですから、やはり商売に差し支えるんじゃないでしょうか。
私らも過去、誉めちぎった会社があっさり倒産してしまったという経験がありますけど、ここまで負のイメージが大きくなってしまうと、著者と版元の被害も侮れません。
似たような話で高塚猛ダイエーホークス社長が、堂々とセクハラの本を出して、あげく逮捕されてしまったというのがありました。
まあ、今回の事件に較べると可愛いもんです。
セクハラの被害者は迷惑だったでしょうが。
■事実の歪曲
一方、本に書かれていた内容が、捏造だったというのが『節約生活のススメ』。
著者が、戸籍偽造で逮捕されて判明したのですが、実は本書で紹介されているような「公務員だった」「ドイツで生活していた」という事実はありませんでした。
その他、本書の中に登場する伴侶に関してとか、もろもろフィクションの部分が明らかになってしまいました。
『節約生活のススメ』は80万部のベストセラーです。
とはいえ、すでに過去の本ですから、版元の飛鳥新社としては大きな実害はないでしょうけど、文庫を出しているところは痛手でしょうね。一番痛手は著者本人でしょうけど。
でも80万部売れたのは、フィクションが上手だったからとも言えます。大体において、事実よりもフィクションのほうが、面白くて読みやすいことは明白です。
小説とノンフィクションと社会学のレポートが同じ事件を扱えば、やはり読みやすさでは小説が筆頭です。
日露戦争を防衛庁の戦史資料で読むよりも、『坂の上の雲』を読むほうが面白くすらすらと読めるわけですから。
今回、露見の仕方が、犯罪がらみで報道された点と経歴を偽っていたことが、著者にとって痛恨でした。
始めから脚色の許容範囲というものをわきまえておれば、後で後悔
するようなことはなかったのでしょうか。
では、「知り合いのドイツ人に聞いた」とか、「ドイツの文献に学んだ」とか、真っ正直なことを書いたら、果たして80万部も売れたのか、というと多分“No”ですね。
名前もペンネームだったようですが、ペンネームを姓名の捏造とケチをつけられることはありません。
ただ公務員でもないのに「公務員だった」とか、ドイツで生活したこともないのに「ドイツ時代のシンプルライフを参考に」とやっては、読者はどっ白けてしまいます。
ここが脚色とか演出のむずかしいところです。
OBラインは明瞭ではないのです。
■ウソは書いちゃダメ?
こうした捏造(平和な言い方だと脚色)はよくあることで、著者の山崎えり子(ペンネーム)氏も、別に著作の内容に偽りがあったから捕まったわけではありません。
正直に書いて、世間からも評価され、本も売れればそれはまことに望ましいことです。
「正直に書いて売れなきゃ仕様がないじゃないか、いかさまで売れたくなどないぞ。お天道様に顔向けて歩けない真似なんぞできるかい!」
と硬骨な姿勢を貫く。それはそれで実に尊い。
しかし、その姿勢を出版物全体に求めると、ビジネス書、一般書の市場は半分以下になってしまうでしょう。面白くないと読者は追いてきません。
また、何から何まで正確に表記したら、例えば川田茂雄さんの書いた『社長を出せ!』なんて、著者の身が危なくてとても出版などできません。多分面白くもありません。
川田茂雄氏という名前もペンネームですけど、『社長を出せ!』の冒頭で、正確に表記すると差し障りがあるので、事実と時間、場所を操作していると、あらかじめ断っています。
それでも、本書の情報性に支障があるわけではありませんし、別に「ウソだろう」と思って読む人もいないと思います。そこには相応のノウハウがあって、説得力もあるからです。
今年の夏前に公開されたアメリカ映画に「ニュースの天才」という、最近のハリウッド映画にしては短い、90分の作品がありました。
「THE NEW REPUBLIC」というクオリティマガジンの記者が、ありもしないことを記事にしていたという、実際にあった事件を題材にしたお話です。
次々とスクープを飛ばす若手記者(それはそうでしょう。創作なんですから)、おかげで売上を伸ばす雑誌、面白い記事を書く(というか創る)才能に長けている主人公は、注目を浴びる快感に、常習的に捏造記事を執筆します。
もちろん最後はバレるんですが、社内の人間、例えば校閲者もあんまりよくつくりこまれた文章なので、信憑性に疑問を覚えずパス。
ライバル誌の検証取材で捏造が明らかになるまで、かなりの長期間、
彼の創作は社内と多くの読者を楽しませました。
エピローグで「彼はその後作家になって、当時のことを作品にしている」とテロップが出たのはブラックユーモアかと思いましたが、それはそれで天職に就いたんだなあとも思いました。
つまり「面白い」ことは、往々にして「真実である」ことよりも大きなパワーを発揮するということです。
ちょっと不穏当な言い方をしますと、読者は「真実である」ことよりも、「面白い」ことを優先して求めている。
新聞でさえ、この呪縛の外にいるわけではありません。
ここで言う「面白い」とは、知的好奇心を刺激する、いわゆる「目からウロコが落ちる」というような心の動きも含みます。
『節約生活のススメ』が、当時数ある節約本の中で80万部を超えた理由は、結局のところこのあたりにあったのだと思います。
■まとめ
「Honest is best」ということばがあります。
日本語で言うと「正直は最善の策なり」。
広報、PR分野の危機管理の基本だそうです。
詭弁を弄して、相手を煙に巻くような言動は、却って不信を深め、損害を大きくする。基本といわれてる割に、なかなか実践する企業を見ることがないのは残念です。
アイドルが年齢を偽っても、誰も糾弾する人はいませんが、権威を身にまとうようになるとわずかな詐称も許されません。
出版物がどのへんの存在なのかは、つくっている側もよくわからないところがあります。
いかなる本であれ、その主張が本心からのものであれば、本を著した人の真実はそこにあると思うのですが、少し甘いかもしれません。
そういうわけで、なんとなくまとまらないまま終ってしまいました。
次号は実用に役立つようやりたいと思います。