おはようございます。
本多泰輔です。
最近、ヒマが昂じて仏教経典を読んでいます。
先週は法華経三部経と般若心経を読んでしまいました。
宮沢賢治が読んでいるうちに全身が震えだしたといわれる法華経ですが、残念ながら私の身体にはかくたる変化もないままぼーっと読んでしまいました。
それでも随分スペクタクルなお話もあり、芥川龍之介やその師匠筋である夏目漱石、その他多くの文豪が影響を受けたというだけの文学性はなんとなくわかります。
肝心の部分である森羅万象に通じる大いなる智慧というのは見当もつきませんでしたが、それでも読んでみるもんで、一見何のことやらさっぱりわからない経文にも翻訳があることを知りましたし、その解釈は人によりけっこう好き勝手にやっているということも判明いたしました。
1400年続いているお経は確かに超ロングセラーです。般若心経だけをとればベストセラーと言うことも可能だと思います。
で、時代は大きく下りますが、今回は元祖ベストセラーの達人、1951年から73年までの間、連続して小説、ビジネス書を含む数々のベストセラーを世に出した光文社カッパブックスの生みの親、神吉晴夫氏のベストセラー10ヶ条を見ながら、今日に通じるその秘伝に迫ります。
今回はベースがしっかりあるので書くのが楽ですなあ。
■創作出版というスタイルで一世を風靡した男
神吉晴夫の名は、出版界のビッグネームなのですが、業界内のこととて世間にはあまり知られておりません。
ですがその実績は煌々と輝いており、光文社を業界屈指の出版社に引き上げた功労者であり、数多くのベストセラーを「ねらって出した」という神がかった稀代の出版人であります。
ちなみにビジネス書の中堅版元で、ここ数年好調を誇っているかんき出版は神吉晴夫氏の設立した出版社です。
創作出版というのは、神吉晴夫氏が称えた本づくりのやり方ですが、いまはそうとは知らずに多くの出版社で行っています。
特にビジネス書はそうです。
創作出版とは「まず自分で企画を立て、適切な著者を探し原稿の完成まで苦労を共にする。そして宣伝により読者人口を開発」としています。
ですが、今日原稿完成まで苦労を共にしている編集者はほとんどいません。
ただ日本語として問題のある原稿を普通のことばにするための苦労は時々やっていますから、結果苦労を共にしているということになっているのかもしれません。
戦前にも出版社の企画で本を作ることはありましたが、多くは大先生の原稿を押しいただく形で進行しておりました。
原稿の構成に注文をつけたりすることもないし、新刊本に宣伝費をかけて人口に膾炙させるなどという手法も一般的ではありませんでした。
創作とは本をつくることだけではなく、読者を創るという意味も込められているのだと思います。
天才ならではの発想です。
そうなると心配になるのが返品ですが、話がそれますのでここでは触れません。
その神吉晴夫氏はいろいろ名言を残されているかただそうですが、ベストセラー10か条という編集が泣いて喜ぶ金言があります。
神吉晴夫氏の凄いところはベストセラーをねらって出したところです。
普通、ねらっても当たらないのが出版です。いわば予告ホームランをしていたようなもの、それも毎試合やっていたわけです。
尋常一様の人ではありません。
こうした天才の真似を凡人がやると往々にしてろくなことがないのですが、怖いもの見たさで敢えて覗いてみようと思います。
どこまで真似するかは読者諸賢のご判断にお任せいたします。本来、編集者に向って述べられたことですが、少し拡大して著者サイドの読み方を付記しながら見てまいります。
■ベストセラーの作法
ベストセラー作法10ヶ条として以下の10点が挙げられています。作法というところに昔の人らしい端正さが感じられますね。
1.読者の核を20歳前後に置く
新書シリーズ「カッパブックス」は、文芸書も実用書、ビジネス書も読みやすく親しみやすい形で提供しようというねらいだったようです。
ねらいは的中、以降十年間常に年間ベストセラーの上位を占め続けました。
ビジネス書読者の核年齢は昔も今も50歳前後ですが、そういえば確かにビジネス書でもベストセラーになる本は、読者の核年齢が下がります。
ここ1〜2年のベストを見ても初心者、若者向けにつくられているものが多いように見えます。買っている読者は必ずしも若者ではありませんが。
20歳前後核説はちょっと凡人本多にはわかりかねますが、著者サイドの心得として解釈すれば、基本的に若い層ほど本を読みませんので、20歳代に読んでもらえるように気を遣ってつくれば、自ずとそれ以上の年代の読者にも受け入れられるということで、第1条を終わりたいと思います。
2.読者の心理や感情のどういう面を刺激するか
現状を見渡してみると、成功願望・お金持ち願望=ホリエ本、株の本、社会人ビジネスマンとしての知的べースで不安=話しかた、会計の本、格差に対する漠然とした不安=下流社会、少子化・年金・郵便貯金のことはあまり気にしてない(だから本がない)、というところでしょうか。
3.テーマが時宜を得ている
ベストセラーですからね。当然ですね。
4.作品とテーマがはっきりしている
ベストセラーに限らずこれは大事です。豆腐の本かと思ったらこんにゃくの本だったりしては読者にそっぽを向かれます。これだけ知っていれば全てOK!と表紙に書いて、ほとんど消化不良で終るような本ではビジネス書としても失格です。
OKはOK、NGはNGとメリハリをつけねばなりません。
5.作品が新鮮であること。テーマはもちろん、文体や造本に至るまで今までお目にかかったことがないという新鮮な驚きや感動を読者に与える
造本は出版社の仕事ですが、斬新な文体、表現方法を探究してみるのは著者としての試みかと思います。全ページチャート図でもグラフでも、それでわかりやすければ問題ありません。
全ページ3行しかない、俳句で書かれたビジネス書なんてのも驚きますね(どんなもんかと思われたかた、小学館の「日本国憲法」をご覧ください。あんな感じです)。
6.文章が読者の言葉遣いであること
至言です。しかし、20歳前後の言葉遣いで書かれるビジネス書というのは、想像を絶します。凡人はダメだなあ。
7.芸術よりモラルが大事
これは主に文芸書の課題について言っているのではないかと思います。
8.読者は正義が好き
ここに来てホリエモン擁護の本は出ませんよね。
9.著者は読者より一段高い人間ではない
著者としては忸怩たるものがあるかもしれません。編集者の心構えについて述べられているのだと思います。しかし、近年のベストセラーの傾向を見ると卑近な作りで成功している本が多いことも事実です。
初心者ほどやさしく教えてくれないとへそを曲げますから、著者としてもその辺の事情を斟酌してこのことばの薀蓄を探ってください。
10.編集者は常にプロデューサー・企画制作者の立場に立たねばならない。先生の原稿を押し頂くだけではダメ。
神吉晴夫氏の謦咳に触れたせいか、いまの編集者の多くにこうした意識が染み透っています。ゆえに持ち込み原稿は常に狭き門になるのです。著者サイドとしては相手の立場と意識を心得た上で攻略の戦術を練らなければなりません。
そうはいっても、実際神吉氏のような本物の天才はそうめったにいるわけではなく、だいたい出てくるのは形だけプロデューサーのフリをしている素人ばかりです。
少しこっちの方がこの世界(専門分野)じゃプロなんだぜ、ということをちらつかせながら話を進めれば、相手が素直な性格なら極簡に落ちます。ただし、この業界には素直な奴はめったにいません。
<番外>
タイトルは読者にイリュージョンを起こさせ食欲をそそるためのものである。タイトルは説明ではない。センスである。面白そうだ、読んでみたい、そういう感覚に訴える力、本文を読まなくても買わせる魅力が必要。
これも編集者に対することばです。しかしその通りです。
ただ、タイトルは著者の仕事ではありませんので、企画書段階で無理にあれこれ考える必要はありません。変に意味不明のタイトルをつけるよりは、どういう内容で何が
ねらいの本なのかがわかる、説明的なタイトルをつけておけばよいと思います。
もし、企画書をつくるときにいいタイトルが思いついたら、上記のタイトル作法に照らして検証してみてください。それでもタイトルは出版社の仕事だということをお忘れなく。
■まとめ
というわけでベストセラーの作法10か条でした。
いろいろ勉強になりました。
やはりベストセラーをねらうのはやめたほうがいいな・・・。
長くなりましたのでこの辺で。
ではまた来週。
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