おはようございます。
本多泰輔です。
今回で70号、当面の目標である100号まであと30というところまで来ました。100里の途も99里をもって半ばとする、という古人の習いからすればまだまだ先は長い。
さて今回も頑張ります。
「最近は、本を読む人よりも、書く人が増えている」
よく聞く業界人の嘆きです。
ネット上には個人のブログを始めさまざまな文章に溢れており、その数は日を追うごとに増殖しているように感じます。
読者諸氏もそう感じられていることでしょう。
このままいくと出版は消えてしまうのではないか。
新聞の危機、テレビの危機、そして雑誌、書籍の危機。
ネットに対する危機感が募っているように思います。
広告が主たる収入源であるテレビや雑誌、新聞はスポンサーの取り合いになるわけですから危機感もリアルでしょう。書籍はもともとその販売部数分しか利益を生みませんから、競合するとすればネットと読者の取り合いになるわけです。
本多個人的には、出版とネットとの競合も相乗効果も世間で騒ぐほどの大きな問題にはならないと見ております。だいたい騒いでいるのはほとんどネット関係者ですからね。
以下勝手な意見です。
■出版市場はどういう歩みをしてきたか
過去、出版市場は他のメディアとどういうせめぎ合いをしてきたか。ちょっと見ておきましょう。
昭和30年代、メディアの中では映画産業がかなり幅を利かしており、出版市場は文芸雑誌が中核、単行本では小説のほか実用書もかなり増えてきた時代です。
この時期市場規模を押し上げたのは、映画雑誌や芸能、ファッション等文化系雑誌。漫画週刊誌も登場し大手各社が次々にコミック誌に着手しました。その後の出版界の主役たちが次々に誕生、でも、まだまだ活字が出版の主役であった時代です。
昭和40年代は明らかに漫画の時代です。主役は少年少女漫画週刊誌。この漫画週刊誌に最初に食われたのが非コミックの月刊少年雑誌、児童文学。活字離れが徐々に顕著になってきましたが、同時にコミックが業界を大きく伸ばし始めた時代です。
昭和50年代に入って漫画はさらに肥大します。すでに成人読者も取り込み、一般書籍は5万部も出ればベストセラーといわれるなか、コミック単行本は初版5万部、ミリオンセラーさえ珍しくなくなってしまいました。
漫画は売れるが本は売れない。それでも市場規模は2兆円に達するまでに成長しました。
平成の前後からコミックがファミコン、PCゲームに押され始めました。出版業界は初めて他所の業界から浸食を受けました。市場の伸びはこれより低く抑えられます。その後、近年PCゲームは携帯電話、モバイルに侵食されていますが、出版界が新たに被害を拡大させている様子はありません。
というわけで、これまで出版界はコミックがファミコンに食われた以外、メディア業界間で競合したことはないのです。むしろ補完してきた、というより他所に新しいメディアが登場するたび、それを取り込むことで新たな売れ筋テーマをもらってきたということがいえます。
テレビが出てくれば「テレビマガジン」、ファミコンが出れば「攻略本」、PCにも、携帯にも、果てはパチンコにも、本というオールドメディアはすべての現象に上手く便乗し乗り換えつつ乗り切ってきているのです。
■ロングテール現象
アマゾンに代表されるネット書店の登場で、書籍の動きに変化が出てきた。いわゆるロングテール現象といわれる販売統計のことが話題になっています。
恐竜の尻尾に似たラインを描くのでロングテールと呼ばれているのでしょうが、横軸に出版物を売行き順に一点ずつとり、縦軸に各販売部数を伸ばすと、新刊書やベストセラーが恐竜の腰を形づくり、続いて地味な動きの本が続き尻尾のようになだらかに下降、だんだんと地面に近づくものの着地はせず、地上すれすれの尻尾がずうっと長々延びていく。
この地面すれすれの長い尻尾が、月に1冊程度の販売数ながら横軸の点数がべらぼうに多いため総数としてはけっこうまとまった数となり、ネット書店の利益に十分貢献しているという話ですね。
基本的にはアメリカの話だと思います。在庫を持たないネット書店だから、何年も前の月1冊ていどの販売力しかない本でも売れるというのがネット社会礼賛の例としてよく耳にする話です。
では、リアル書店はショートテールなのでしょうか。
少し検証してみましょう。
単行本市場で最も大きな割合を占めるのが、新刊およびベストセラーであることはリアル書店もネット書店も同じです。でも地味な動きしかしない本を何年も置き続けることはスペースに限りのあるリアル書店では困難であることは事実。
そこで日本では昔からロングテール部分を担う古書店市場がありました(アメリカでもあるでしょうけど)。
日本の古書店業界は通常取り次ぎルートから切り離されておりますから、出版市場にカウントされていませんが、本の流通を大きく俯瞰すればリアル書店にも従来からロングテール現象はあったといえます。
出版社にすれば古書市場に本が行ってしまったら売上になりませんし、著者にしても古書市場でいくら売れても印税は入りませんから、ネットで細く長く売れればそのほうがありがたい、ということはあります。
しかし、それは書店の在庫が出版社に移ったということで、現実に在庫をかかえる立場からすれば長期の負担には耐えられません。結局のところ、「そういう本が出版されていた」という情報をもとに、ネットで古書店の在庫を当たるか古書店街へ出かけていくしかありません。
いままで見えなかった現象がネット書店の登場により統計として眼に見えるようになった、一般書店では置いてない本でも見つけやすくなったというメリットはありますね。
■ブロガーの登場で出版は変わるか
300万ブロガーとかいわれておるようですね。「書き手の増殖」というのはこうした現象に由来しているのだと思います。
著者をこの辺から探すとか作品を発掘するとか、もっと極端なのは出版はブログにとって替わられ必要なくなるという説まで見かけるに至り、なんか中国脅威説に似たものを感じます。私は300万のほとんどを見たことがありません。
著者を探すといっても、せいぜい数10人くらいしか探していないのに、300万人もいたらその中からどうやって肝心の数10人を探し当てるのでしょう。
アクセス数の高い人気ブログを順番にリストアップする。人気ブログというのは、おのずと傾向が偏るのではないでしょうか。
リアル市場でも人気のあるテーマは一団を形成しますし、ベストセラーの周辺には最も類書が多い、同じ現象はネットでも起きると思います。
結局、著者探しの手間は増えることはあっても、ネットが画期的な手段とはならないと思います。確かに手段の選択肢が増えたことは事実ですが。
次にクオリティの問題。
詳しいことは知りませんが、苦心惨憺の上ブログを書き込んでいる人っているんでしょうか。気持ちよく勝手なことを書いているから楽しいんで、ひとつひとつの記述に責任を持ちながら推敲を重ねて書いていて、楽しいことなんかありませんよね。
なかには使命感に燃えてブログを執筆している人もいるかもしれませんが、多分1000人に1人、いないかな、基本的に自己都合で書いているのだから辛くなったらやめちゃうでしょう。
でも辛くても書き続ける人がプロなのであって、そうしたクオリティを持つ人、作品に行き逢うまでには、いったいどれだけの時間を要するでしょう。
■ネット情報とリアル媒体
ブログに精通してもいない私が言うのも不遜な話ですが、これまでネットに掲げられている個人が発信する情報で、立派に本になりうる十分な質と量を備えたものというのは見たことがありません。
そうすると経営堂の発信している経営情報とか、このメルマガ自身の質について自ら貶めることになりますが、実際私もこのメルマガがそのまま本になるとは思ってもおりません。
長い長いといわれるこのメルマガですが、それでも本にしたら1章分には足りません。結局、メルマガとしての収まりと書籍の収まりとでは、質と量のバランスが異なるのだと思います。
単行本並みにずらずら情報を積み上げていったら、途中で飽きてだれも読まないでしょう。長文を嫌うネットリテラシーの性質は、書籍と相容れないものを持っています。俳句や短歌ならいいんでしょうね。
ここで確認しておきますが、300万ブロガーやネット書店が出版に何の影響も及ぼさないと言っているわけではありません。影響はあると思います。
要するに両者が競合関係であり、ネットの拡大が既存の出版市場を侵食するという考えは、中国脅威論といっしょで現状認識に調査不足であり、将来予測には複数のパラメータが欠けているということです。
局地的には競合関係はあるでしょう。が、他方補完関係もある。総合的には補完関係のほうが増えていく、という具合に見ております。出版業界を揺るがすとすれば、それはネット媒体ではなく再販制度の行方でしょう。
長くなりましたのでこのテーマはこの辺で。
来週は違うテーマをやります。
お楽しみに。
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