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第078号 『言い切る覚悟と断定の陥穽』

おはようございます。
本多泰輔です。

全国あちこちで集中豪雨被害が出ております。被災地域のかたがたには心よりお見舞い申し上げます。

一昨年に続きインドネシアでまた巨大津波による災害があったり、昨年は米国ニューオーリンズで洪水と、なにか世界的に水難の気配です。

一方、中東ではレバノンとイスラエルの紛争。

イスラエルって国はわずか人口300万人でよくあれだけ戦争ばかりしていられるものとある意味感心いたします。そのイスラエルが殺人事件発生件数の国家間比較では、我が国同様常に最も低い層にランキングされておることに統計の皮肉を感じます。

さて、話はがらりと変わりまして、とある中堅流通業の役員に聞いた話です。

「およそ新製品の開発で流通の現場から生まれた製品というのはひとつもない。本来流通側のPOSシステムにしたってコンピューターメーカーの仕事だったし、流通業はいつもメーカーの提案を待っているだけだ」

ということです。セブンイレブンの「おでん」はどうなんでしょうかとうかがったところ、「あれが新製品か」と怒られてしまいました。

ま、流通なんだから仕方ないじゃないかと思いますが、それではプロではないというのがそのかたのご意見の趣旨で、少子高齢、人口減少と社会構造が変わっていく中、プロでなければ生き残れないというのが話の全容でした。ごもっともです。

話を聞いてるうち、ふと思ったのが出版社の姿勢にも流通業に似たところもあるなということ。どういうことかと申しますと、だいたい出版社が発想する新機軸というのは「文庫にする」とか「新書を出す」とか「DVDを出す」といった形の変化だけであって、まったく新しいテーマや企画の誕生はもっぱら著者からの提案に頼っているということです。

「企画やテーマは会社の外にある」

昔はよくこういってよく外出していました。いまでもそうだろうと思いますが、編集作業の大半は社内の作業という矛盾もあります。実際、下版直前に著者校正が返ってきたのでは外に行く余裕もありません。


■ある新人コンサルタントの思い出


一時期、さる新設のコンサルタント会社のお手伝いをしていました。不肖本多は一出版社の社員としてはいろいろ変わったことをやっておりまして、やったことがないのはヘアヌード写真集くらいです。

バブルのピークだったのでコンサルタント会社の業績は順調だったのですが、なにぶんにも新設なものでコンサルタントに新人が多い。年齢、経歴、知識ともに十分な素地を持っている、つまり毛並みはいいのですが、コンサルタントとしては経験不足という人たち。この人たちのお手伝いです。

なかには「この人何年やってんだろう」という生まれながらにコンサルタントというような人もいましたが、たいていは根が真面目なことが却って裏目に出ることが多かったように思います。根が真面目だとこうなります。

講演でもクライアントとの面談でもことばの切れが悪い。「…だと思われます」「…かもしれません」「…と言われているんですね」と語尾が日和る。

態度姿勢が遠慮がち。

日和った語尾でもでかい顔して大声で言っていれば、相手もなんとなく「そうか、そうか」と聞いていられるのですが、いかんせん小声でしゃべるものですから結局自信がないと見られてしまう(実際なかったんでしょうけど)。

実力がなかったわけではありません。重点課題の分析も対応策も対策導入後の見通しも、みなベテランコンサルタントと同様な見解を示しておりました(ひょっとするとベテランに力がなかったのかもしれません)。

結局、言い切る覚悟がなかったんですね。ご本人に聞いたことがあります。当人も自信なさげにしゃっべていることのまずさはよくわかっていたのでしょう。こう言ってました。

「言い切るのは厚かまし過ぎて自分にはできない。やってみなければわからないにも関わらず、既定の事実のように言うのは不誠実ではないか」

不誠実な人間になりたくないというところに、さすがキャリア30年の元銀行マンだなあと思いました。さすがと思いつつも思慮の浅く若輩だった本多めは、このとき年長者に対し随分きついことを言ってしまいました。

「お客は自信のない人の話は聞きたくないですよね」

今思い出しても配慮の欠片もないことばで慙愧に耐えません。幸い相手が立派な人だったので好意的に解釈してもらえたようで、その後語尾に大きな変化は見られなかったものの話す姿勢や声の張りは改善され、クライアントの評価にも一定のものが得られるようになり私も一安心。

以降6〜7年お付き合いさせていただきましたが、お互い遠慮のないトゲのあることばで語り合いました。


■言い切る覚悟


ビジネス書に限らず活字の世界は「…だ」「…である」「…です」と言い切っている文章が多いですね。児童書や一部のエッセイは別ですが。

言い切り型のほうがテンポがよく読みやすいのは間違いありません。著者でも断定型の表現に抵抗を感じるかたはおられます。問題は千差万別だ。そうやすやすと言い切れない場合だってあるだろうと。

私も実は断定型の文章は苦手です。いままでのメルマガでも今回の文章でもほとんど断定したものはないはずです。そもそもこの「はず」なんてことばが逃げですから。

ビジネス書の場合多くの読書はテキスト、参考書として読んでいます。ゆえにビジネス書はそのテーマに応じて温度差はあるものの、日常のビジネスシーンで起こりうることに焦点を当て、そのソリューションを記しています。

一冊の本で扱える問題と示しうる解決策には限りがあります。一方、発生する問題は千差万別、解決策はケースバイケース。

しかし、一般に日常発生する問題のほとんどは限られたケースで占められます。したがって、この限られたケースに対する解決策さえ示されていれば、日常のビジネスには十分役立つことになります。

もし発生件数の90%が10種類のテーマでしかなく、残り10%の中に90種類のテーマがあったとしたら、ビジネス書が扱うテーマは初めの10だけです。残りの90テーマはより高度な専門書の分野になります。なぜか。

90%のビジネスマンは10のテーマに直面し対応を迫られているからです。読者がたくさんいるテーマをねらうのがビジネス書の出版社というものです。

したがいまして、めったに起こらない問題を念頭に置き、議論を複雑にしたり語尾に懐疑を滲ませたりすることは、却って読者の理解を妨げ実用に適さないものとなりビジネス書としては扱いかねます。

問題を明確に設定し解決策をきっちりと言い切ることが、ビジネス書には特に重要なポイントなのです。

研究論文ではなく実用・実務に供するわけですから。
講演やセミナーもまた同様と思います。


■断定の落とし穴


今般の集中豪雨災害に見られますように、一年分の雨が一週間で降ったら長年かけた治水対策設備も対応し切れません。そんな雨量の雨は降らないと想定していたのでしょう。

断定には常に想定外というリスクがつきまといます。

その昔、有名なエコノミストが毎月講演テープを送るサービスを会員制でやっておりました。当月どこかで行った講演の記録を翌月テープにして送るというシステムで、第一次湾岸戦争のとき、イラクがクェートに侵攻する直前自信たっぷりに「今後数年間中東には紛争は起きません」と吹き込み、事態を知ってあわてて訂正したということがありました。

テープは編集で訂正しても、講演でしゃべったことは事実ですから噂は瞬く間に業界を駆け巡り、不肖本多の耳に入ったのは編集に手間取り一週間遅れでテープが会員の元に届く前のことでした。

歯切れのいい話しっぷりが売りの人でしたから、そういうこともあるだろうと会員は割合みんな鷹揚にとらえていました(テープは訂正したのになぜかみんな内実を知っていたのですね)が、ご本人はその後体調を悪くされしばらく静養しておられました。

最近また元気に著書など発行されておりますから、もうすっかり復活したのでしょう。喜ばしいことです。

第二次湾岸戦争のときも「戦争は一週間で終る。中東はアメリカの勝利によって安定する」とテレビで言い切っていた学者がいましたね。

両者とも予測が大ハズレだったわけですから、リスクを回避するには予測なんかしなければいいわけです。どうしても予測を記す必要があれば断定せずに、他人の発言を持ってきてリスクを移転させておきましょう。

また、断定しておいて外れても平気な占い師もいますから、本人の心さえ痛まなければ予測・予想には大してリスクはないのかもしれません。しかし、そうなるとエコノミストも占い師も単なるエンターテイメントですな。


■言い切るためには


断定することには大なり小なりリスクがつきまといます。といって逃げてばかりでは読者も聴衆もつかめない。言い切る覚悟が必要なことはすでに述べました。

では覚悟を担保するのはなんでしょう。前述の元銀行員だった新人コンサルタントはこう言ってました。

「やったことがないことについて意見を言うのは心もとない。だからやったことのあることだけを話すことにした。講演のときは自分の体験を基に話す。

聞いている人にとって自分の体験が参考になるかどうかはわからないが、自分としては根拠のあることなので言い切るだけの自信はある。

他所の会社に行ったときは、状況が違うわけだから自分の経験がどこまで通用するか見通しがつかず一層不安だ。

しかし、同じ人間のやること、それぞれの局面では大きな違いはない。自分にも似たような体験はなかったか、思い出してみれば必ずどこかで似たようなことがあった。それが根拠になる。まったく経験のないことならわかりませんといえばいい」

最後は開き直りみたいなことばでしたが、畢竟覚悟を担保するのは開き直りしかないのかもしれません。



    《編集後記》
 
自信のなさげにボソボソと言葉を濁すコンサルタントは、まったくビジネスが上手くいきそうな期待感がもてないですね。かといって、何でもかんでも断定的にすべて自分が正しいように喋られると、逆に反感を買うこともあるようです。

著書では過激に言い切っているコンサルタントが、実際にお話をしてみると意外に控えめだったりするのは、場面に合わせたキャラクターをうまく演出しているようで興味深く感じます(発行者:樋笠)



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出版プロデューサー/本多 泰輔(ほんだ たいすけ)

プロデューサー・本多泰輔氏は、ビジネス出版社(版元)で20数年の経験をもつベテラン編集者から、出版支援プロデューサーに転身した人物です。その考え方について詳しく知りたい方は、本多氏編集のメールマガジン『コンサル出版フォーラム!本はあなたをメジャーにする』のバックナンバーをご一読下さい。








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