おはようございます。
本多泰輔です。
『ミシュランガイド東京』売り切れ続出らしいですね。
売れるだろうとは思ってましたが、脅威の足の速さです。
我が家の近所の地方チェーン書店でも「次回入荷予定不明」となっていました。
噂では、あまりの売れ行きに嫉妬した国内の版元たちが、紙屋さんに圧力をかけたため、紙がなくて本がつくれないとか。紙がなくて本がつくれないなど、終戦直後みたいな話です。
ま、別に欲しいわけじゃないんですけど、ここまで騒がれるとどんなものか、ついつい気になってしまいます。
日本には1億円以上の金融資産を持っているお金持ちが30人に1人いるそうですから(クラスに1人はお金持ちがいる!そういえばそうだったな)、4千万部は売れる可能性があります(可能性が実現したことはありませんが)。
売り切れるはずですね。
今頃どこかの編集部では、きっと『ミシュランガイド東京の読み方』とか、『ミシュランガイドを100倍楽しむ法』とか『ミシュランガイドの裏側』、あるいは『本当は怖いミシュランガイド』なんて便乗ものをせっせと仕込んでいる最中かと思います。
ミシュランガイドに詳しいかたは、とりあえず速攻で企画を売り込んだほうがいいと思います。いまなら。
世界中の星の付いた店にすべて行ったという人は、「ミシュラン全店制覇」ということで体験談も出せるかも知れません。いまなら。
全店制覇じゃなくても、「ミシュラン・アジア制覇」とか「ミシュラン・アフリカ(あるのか?)制覇」でもいけるかもしれません。いまなら。
ところで東京の次はどこなんでしょう。
やっぱり大阪ですかね。それとも京都。
いくらなんでも名古屋ってことはないだろうな。
■ひこにゃん騒動
「ひこにゃん」と最初に聞いた時には、都内にある「日本一まずいラーメン」を標榜する「彦龍」を連想しました。なにやらブログが人気とか聞いていたが、すでにアイドル化したのか、と。
実は、そうではなくて彦根城の記念事業のキャラクター「ひこにゃん」のことで、ちょっと『世界一わかりやすい株の本』(細野真宏著 文藝春秋)のクマに似た白猫が、彦根藩主井伊家のファミリーカラーである赤の兜をかぶっています。
「ゆるキャラ」ということで、全国的にも有名なんだそうです。
地方自治体のイベントキャラクターとしては、出色の成功例で、いまや「モリゾー」「キッコロ」をしのぐ超人気者、さらに「ひこにゃん」キャラクターを描いたイラストレーターが自治体と著作権で揉めて、そっちの方面でも有名になってしまいました。
「悪名は無名に勝る」ってだれが云ったのでしょう。
名言だと思います。
キャラクターの人気が出た背景には、彦根市のとった著作権、商標権フリー政策がありました。
記念事業実行委員会に申請すれば、版権使用料ゼロでキャラクターグッズをつくることができる。饅頭、ぬいぐるみ、キーホルダー、Tシャツ、なんでもかんでもOK。
東京でクレーンゲームの景品になっていたという話があるくらいですから、事実上申請すればすべて通ったのでしょう。キャラクター同様、審査も相当ゆるかったのだと思います。
もっともそれは市のねらいであって、グッズが氾濫したお陰でキャラクターの認知度が高まり、彦根城の来城者が増え、イベントも大成功、まさに絵に描いたとおりの展開でした。
キャラクターの使用料をフリーにすることで、PR費用をかけずに露出度を高める。ま、よくある手段ではありますが、成功することは稀です。
井伊家ゆかりの動物が猫でよかったということですかね。
先祖の遺徳はありがたい。
馬とか鹿だったら、なんかいまいち親しみが薄いですよね。
さて、これで終われば、市長は自治体経営者として高い名声と磐石の地位を得、「ひこにゃん」市長として全国からの賞賛を一身に浴びたことでしょう。
ところが弾丸は意外なところから飛んでくる。
■著作権と著作人格権
ひこにゃんを描いたイラストレーターから、キャラクターグッズに著作権侵害に当たるものがあるので、即刻使用を止めるようにと申し入れがありました。
青天の霹靂とはこのことで、市長も自身が弁護士、ひこにゃんの著作権等一切の権利は、実行委員会に帰属すると全面的に突っぱねたようです。
世間のほとんどの人には関係ない話ですが、キャラクターグッズをつくって売っている、饅頭屋さんやぬいぐるみ屋さんは、「こまったにゃあ」ということで調停のゆくえを見守っている、というのが概ね伝えられるところです。
さて、話しが長くならないように、論点を絞ります。
本稿の目的は、「ひこにゃん騒動」のレポートではないので、ことの経緯の真相については、然るべきチャンネル(2チャンネルではありません)にアクセスしてください。また、本多は法律家でもないので、法的判断は別途専門家にお尋ねください。
ここでは、著作人格権とキャラクターの著作権について記します。
著作人格権もキャラクターの話も、以前著作権について書いたときに触れています。改めて同じこと書くのも芸がないので、法的根拠は省きます。
まずひこにゃんで問題になっているのは、著作人格権のうち同一性の保持。そうです。森進一と川内康範の「おふくろさん」騒動でも出てきましたね。
「オレの書いたものを勝手に変えるな」という権利です。
著作人格権には、このほかに「オレに無断で勝手に公表するな」「どういう名前で出そうとオレの勝手だ」という権利があります。
著作権は譲渡できますが、原則、著作人格権が他人の手に渡ることはありません。永遠に著者のものです。その割には、けっこう軽く扱われている権利でもあります。
普通、イベントキャラクターの著作権は主催者に帰属します。ひこにゃんもそうだったのでしょう。でなければ、そもそも実行委員会が版権フリーを宣言することが出来ません。
要するに市が著作権込みで買ったってことですね。
しかし、それでも著作人格権は著者に残りますから、著者は(実際は代理人の弁護士が)「オレの絵を勝手に変えるな」と訴えたわけです。
なぜ、勝手に変えるなと言ったかというと、グッズが出回るうちにいろんな「ひこにゃんバリエーション」が登場したからです。
作者が提出したのは、ひこにゃんの正面の絵柄3点(らしい)。
現実に出回っているグッズには、後ろ姿もあれば表情を変えているのもある。
正面の姿しかないのだから、後ろに尻尾があるかどうかは永遠の謎、しかしそれでは、ぬいぐるみも、そもそも彦根城の周りでうろうろしているひこにゃんの着ぐるみもつくれない。
猫なんだから当然尻尾はあるだろうと付け足したところ、作者から「勝手に後ろ姿をつくるな」「尻尾をつけるな」etc・・・、つまり同一性の保持に反すると訴えられたわけです。
■キャラクターの取り扱い
著作権侵害でよくある話は、「元もとのキャラクターは正面を向いているのだから、後ろ姿のキャラクターは別の創造物だ」といって、しらばっくれるやりかたです。
もちろんこれは創造物とは認められません。
元もとの著作権者が保護されます。
漫画のサザエさんをアニメにすると、原作にはない表情や動きが発生します。それでもサザエさんであることは判りますから、アニメ化には原作者の許諾をとらなければなりません。ぬいぐるみ、着ぐるみも同様ですね。
ひこにゃんをキャラクター化する段階で、アニメ化同様にキャラクターの容姿の応用を想定していなかった、とはちょっと考えられません。どういう契約だったんでしょうね。
契約上、著者の許諾が必要であったにもかかわらず、実行委員会が勝手にOKを出してしまったのでしょうか。
契約書の不備なら話は簡単なのですが、契約書がごく一般的なキャラクターの譲渡契約だったとすると、著作人格権の保護が一体どこまで及ぶのか、大変興味深い問題です。
「ひこにゃん」を描いた作家には、まず絵画としての著作権があります。だから著作人格権もあります。これは疑いありません。
一方キャラクターというのは、絵を描いた人だけが著作権者とは限りません。
絵画であるダヴィンチの「モナリザの微笑み」は、勝手な複製はできませんが、「モナリザの横顔」を新たに制作すれば、それはオリジナル創造物です。
絵画の著作権というのは原画である一幅の絵そのものにあるですか
ら。絵が違えば別物です。
ところがキャラクターというのは、正面を向いても横を向いても、キャラクターそのものに著作権があるので、原作のサザエさんに後ろ姿がなくても、キャラクターのサザエさんの後ろ姿は、それがサザエさんとわかる以上、著作権で保護されます。
ミッキーマウスは、シルエットだけでも著作権を主張してますよね。
この辺は説明しようとすると長くなるので、このへんではしょります。
■キャラクターの著作権
キャラクターというのは、ややこしくて、そもそも著作権法が出来た当時はキャラクターで商売するなどない時代でしたから、想定の範囲になかったのだろうと思います。
当時の著作物はもっぱら文字か絵ですから、作品は著作権で保護されますが、作中のキャラクターは対象ではありませんでした。おなじキャラクターでも絵があるとないとでは、大きく扱いが違います。
文章の世界では「銭形平次」も「眠狂四郎」も保護されません。他人が銭形平次で新作を書いてもいいわけです。ただし、タイトルに「銭形平次」を持ってくると商標権にひっかかるかもしれません。
キャラクターというのは、具体的にこういう顔で、こういう性格で、こういう特徴があるという、人物(人とは限りませんが)設定ですが、物語の属性と共に絵柄が伴うことが重要です。
絵がなきゃダメかというと微妙ですが、絵があったほうがいいのは間違いありません。「銭形平次」も漫画だったら、キャラクターが保護されてました。
「ひこにゃん」には絵柄がありますし、商標としても申請されているようですから、保護されるべきキャラクターなのは間違いありません。
絵のないキャラは寂しいキャラ。
では、絵を描いた人が優遇されるかというとそうではない。原作者と作画者がいる場合、キャラクターの著作権は両者にあります。
『キャンディキャンディ』の判例にあるように、キャラクターは絵柄だけを使うといっても、作画者だけで勝手に著作権を行使することはできません。
だって、キャンディの容姿も性格も特徴も原作に基づいてつくったんでしょ、だから絵を描いたのは作画者でも「その絵は共同創造物」だよね、というのが裁判所の判断です。
ストーリーのある漫画では、こういうことなんですが、「ひこにゃん」のように、突然誕生したキャラクターの場合、著作権者とはだれなのでしょうか。
描いた作家が著作権者であることは疑いありません。しかし、ひこにゃんは絵柄がキャラクターのすべてかというと、どうなのでしょう。
ひこにゃんの名前は公募で決まったそうです。
そうすると、共同制作者がいるのでしょうか。
「ひこにゃん」の著作権者、すなわち「ひこにゃん」をつくった人はだれか。
これも、できれば司法の判断を出して欲しいところでした。
しかし、結局のところ、「ひこにゃん騒動」は調停で話をつける様子なので、司法の判断にまで至ることはないようです。
個人的には、最高裁まで争って、きっちり判例を示して欲しかったところですが、多くのひこにゃんファンは、あまりそういうことは考えていないようですので、残念ながらいくつか謎を残したままで幕引きになりそうです。
では、また来週。
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