暑中お見舞い申し上げます。
本多泰輔です。
今年も暑い夏ですが、みなさんいかがお過ごしですか。
さて暑中見舞いだけというのもなんなので、もうすこし書きます。
かえって暑苦しくなったらお許しください。
どこまで上がるガソリン価格という報道が続いていますが、すでに原油価格は7月11日をピークに下がっているのですよね。NY先物価格ですけど。
ピーク時より2週間ほどで20ドル近く下落、このメルマガを書いている時点(8月15日)では30ドル以上下がり、このまま順調に下がり続けそうです。ま、急落って感じじゃないでしょうか、あんまり報道されてませんけど。
先物価格とはいえ9月になれば7月よりも20ドル以上は安い原油が手に入るわけで、原油が安いのにガソリンだけ高くなるはずはなく、やっぱりガソリンの価格も下がるはずです。
結局どこ出さなかったですが、もしいまから『石油クライシス!』なんて本など出せば惨敗は目に見えています。開き直って『ガソリンは必ず再び高騰する!』とかタイトルをつけるしかありません。
これが時局ものの難しさで、タイミングが早すぎても売れませんし、遅いと恥さらしになってしまうし、予測でもしようものならほぼ必ず外れます。
メディアでは7月半ばを過ぎてもなおガソリン価格リッター300円、400円を超えるとか言ってた人もいましたね。
その他でも、小麦を別とすれば、穀物の先物価格も原油同様に下降しています。まだ高い水準とはいえ、下げ止まる様子はありません。小麦はオーストラリアの不作が響いているのでしょうね。
とうもろこし価格は原油と同じカーブを描いています。原油が安けりゃバイオ燃料も必要ないってことですかね。現実はエコとはほど遠いですね。
■萩原朔太郎の箴言
詩人萩原朔太郎は詩のほかにいくつか評論も残しています。評論といっても箴言集のようなもので、短文が続きます。アフォリズムとかいうやつでしょうかね。アホリズムではありませんよ。箴言、金言とか訳されます。
「男は彼の名誉ためにも三度離婚しなければならない」とか、根拠不明(本人は2度ほど離婚してますが)ながら妙に説得力のある独創的なフレーズが散乱していまして、それなりに面白いのですよ。
でも全体の印象は「やっぱりちょっと病気だよな。この人」というのが浅学非才たる本多の印象でした。
そのひとつに『虚妄の正義』という作品があります。序文に寄れば世間に(出版社に)受け入れられなかったため「街上に叩きつけて」世に問うた本だそうです。要するに自費出版したんじゃないかと思います。
自費出版はこれだけじゃなく、箴言集は本人が評価するほどに版元は評価せず、何度か自費で本にしたようです。
当時は今と違い出版市場はずっと小さかったですから、自費で出版する人は多かったようですし、それを流通させる市場も、露天商のようなものだったらしいですがあったみたいですね。
自費で出されたものが、後に出版社から増刷されるということもあったようで、事実『虚妄の正義』も後年版元から出版されています。今日ではちょっとありませんね。
年間2000点以上発行する自費出版の会社から、1万点にひとつベストセラーが出ることはありますが。
さて、その『虚妄の正義』の中にこんな文があります。
「多くの著述は、それが未だ印刷されず、原稿のままで在る時、最も大きな悦びを著者にあたへる。人々(作家たち)は書いたものから、やがて刊行されるであらうところの、光輝にみちた大著述を空想し、かくも優れた著者としての、誇りに胸を轟かしてゐる。
しかしながら印刷され、書物が刊行された時に於いて、初めの花々しい幻想は消えてしまふ。それは世の常の書物であり、平凡と陳腐と無能の外、何の新しい創造でもない、貧しい財産の登録にすぎぬだらう。すべての著者はそれを感じ、前よりも一層貧しく、無力の自分を絶望してくる。
それ故に作家達は、多くの著書を出した者ほど、比例に於いて謙虚であり、自分への幻想を持って居ない。稀にしか著作をせず、売れない原稿を抱えたままで、生涯を彷徨してゐる著書達ほど、自尊心の強くして、花々しい幻想を持ってゐるのである」 ※( )内本多
やな奴でしょ、朔太郎って。
箴言ですけどね。
■歪める力
朔太郎は「歪力」ということばがお気に入りのようでよく出てきます。歪力とは辞書で引くと応力(圧力に対する応力)とありますが、朔太郎の「歪力」はそういう物理的な力ではなく、人の内面を歪める精神的な作用のことを言うのかなと見受けました。
確かに朔太郎は歪力に溢れていたと思います。本多もけっこう自信があります。
しかし、最初に「歪力」という文字を見たとき抱いたイメージは、応力でもなく屈折した心理でもなく「物事を歪めて伝える力」。力のあるメディアや著者、発言者にはこの力がありますね。
いわば「物事を歪めて伝えても、正しいと思わせる力」です。
ある意味で著者や発言者には必要な力だと思います。
バブルのピークのころ、ある著名なエコノミストが、なぜ坪一億を超える土地が売れるのか、そんな高い土地を買っても元が取れないじゃないかという、世間の素朴な疑問に対し自信を持ってこう答えました。
坪1億の土地に坪単価200万円で10階建てのビルを建て、それを坪10万円で貸せば10年で回収できる。これでみんな納得してしまいました。
事実、銀行は「借りてください」と拝むかのように不動産投資に資金を融資していましたし、デベロッパーも豊富な資金を背景に次々と大型施設を建設し続けましたし、エコノミストの本は市中に溢れメディアもこぞって取り上げていました。
世間の体勢に押され、いつしか疑問を抱く人も「やっぱり自分が間違っているのかなあ」と思ってしまいました。
この論法でいけば賃料さえ上げれば、投資金額は無限です。
でも、問題はだれが坪10万円の物件に入居するか。
結果はバブル崩壊とともに明らかにされました。
つまりこの論法は「説得力あるでっちあげ」だったたわけです。しかし感心すべきはこのエコノミストの事実を歪めて伝える力、歪めても正しいと思わせる表現力です。
世相を背景にしていたとはいえ、明らかに破綻している論法を多くの人々に納得させていたのですから見事な表現力であったといえます。著者というか「作家」としての能力は尋常ではなかった、ひょっとすると当代一だったかもしれません。
なにしろこの破綻した論法で一冊(だけじゃなく何冊も)の本をつくってしまうわけですから、なかなかできることではありません。
普通の人なら書いてる途中で破綻してしまいます。
さまざまな角度から検証し、事例を引き(事例があったのか?)、結論として自説の正しさを導き出す。そしてそれがまた説得力があったのでしょう。
ちょっと学ぶところがありますね。
こんな凄い力を持った人だったのだから、ベストセラーもうなづけます。
どっちかというと、小説家になったほうがよかった人なのかもしれませんけど。
■考えを一冊の本にする難しさ
小説というものは、3行で言える意見をわざと長々と回りくどく伝える手法だ、と言ってた人がいましたが、3行では小説にならないし本になりません。3行でいいのはメモ。
なにぶん本にするには一定量の原稿枚数が必要なのです。
長年考え続け、暖めていたものを本にする。
しかし、意外にもいざ書いてみると100ページに満たないうちに終わってしまう。私はこう思う、こうすべきだ、という主張を述べる本をつくろうとすると、たいていこうなります。
世に問うべき珠玉のノウハウ、目からうろこの意見ではあれば、原稿枚数など無関係に出版すべきではないか。
確かにすべきかもしれませんが、できません。
商業目的で出す本は、造本上も一定の条件を満たさなければなりません。
原稿の枚数が足りないことには本にならないのです。
では、100ページ手前でラストを迎えてしまった原稿をどうやって増量するか。
イラストで誤魔化せるのは150ページを超えてから。100ページ程度ではどうにかなるレベルではありません。やはり原稿そのものを増やすしかありません。
しかしもう書くことがない、尽きてしまった、さてどうしよう。
本当に書くことが枯渇し切ってしまったのなら仕方ありません。本にするのはあきらめましょう。それもひとつの解決手段です。
100ページに満たぬとはいえ、せっかくここまで書いたのに没にするには惜しい、そう思ったなら次の視点で原稿を見直してみましょう。
(1)証拠品は十分か
論より証拠。成功事例を5W2Hで詳述する。記録は資料さえあればいくらでも書けます。成功事例は説得力を高める上で有効ですから、詳しければ詳しいほど説得力も上がります。
たとえば「やはり成果主義が必要だ」という主張の原稿を書くとします。すると成果主義の理念や構造について記すだけでは世間は納得しませんから、成果主義導入による成功事例が必要です。
それも成功要因が一企業の特殊事情によるものでなく、普遍的に通用するものであることを示すため、より多くの事例を紹介しそれぞれの経緯を詳述する必要があります。
ビジネス書ですからそこにあるHAW TOも記すことも忘れてはいけません。なので2H(HAW、HAW TO)です。
(2)状況証拠も必要だ
成功事例だけでは足りない場合、比較事例(失敗事例、類似事例)や環境変化について記す。歴史に学ぶ、他国のやりかたに学ぶ式の書き方も可。
たとえば「やはり成果主義が必要だ」という本の場合、成果主義で成功した企業はありませんので、導入に失敗した理由を追究し、企業が導入のしかたを誤っていたのだということを説得します。
そして環境変化に対応するためには、もはや成果主義しかないということを読者に納得してもらうために類似事例を求め、地理的歴史的に世界を渉猟しましょう(ネット上で)。
(3)スパイスの効いた譬え話
譬え話そのものがセンスの問われるものですが、細かいところでもちょくちょく使えますし、譬えが上手ければそれだけでも読者を惹きつけられます。
(4)3つ以上の視点から検証
自信のある主張、ノウハウであっても最低三つ以上の視点から批判的に見直し、その検証過程を記してみましょう。
たとえば、成果主義は社会のモラルに悪影響を与えているのではないか、企業の成長には寄与していないのではないか、しょせん経営者のその場しのぎに過ぎないのではないか。
これらの批判に対し実証的に、かつ正当に、そしてスマートに論破しなければなりません。
■まとめ
以上の4点を原稿をながめ直しながらランダムに適用していけば、自ずと書き加えることは浮かんでくるでしょう。
それでも何も浮かんでこなければ、だれか人に原稿を見てもらいましょう。
身近な人であればあるほど、著者を絶望させるような容赦ない批判が返ってきます。たいていは「独りよがり」「根拠不明」「論旨不明瞭」ということに収斂しますので、仮借なく指摘された点を上記4点で見直してみてください。
ここまでやれば、いかなる原稿であれ問題は解決します。
結果、本を出すことにさえ嫌気が差してしまったとしても、それはそれで出版断念というひとつの解決の形です。
ま、とにかく原稿枚数を増やすだけなら、あきらめず粘れば必ずなんとかなります。がんばってください。
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