残暑お見舞い申し上げます。
本多泰輔です。
暑いのは夏だから当たり前、と強がってみせるには、ちと暑すぎる今年の夏です。まあ、暑い暑いと言ってるだけなら、どうってこともないのですが、ロシアの小麦が旱魃で不作とかいう話になるとことは深刻です。
世界の供給の11%を占めるロシアの小麦が輸出ストップだと、ひょっとするとアメリカは小麦で復活すんじゃなかろかという気がします。秋の訪れとともに円安かも。
暑いときは涼しいところへ、というノリで長野県の軽井沢へ行ってましたが、温度計を見ると昼間は都内とあんまり変わんないですね。気分は涼しいような気がするんですが。
今回、行ってみてわかったことは、新幹線だと1時間ほどで東京駅まで着けるので、軽井沢からの通勤は不可能ではないということでした。
出版社が東京にある以上、東京へ出ないわけにはいかないわけですが、軽井沢から出かけるのも横浜あたりから出てくるのも大して変わりありません。お金があったら通勤したいところです。
さて、前回に続きまた電子書籍ネタです。
もう何回目でしょうか。ほかにないのか、とお思いでしょうが、ま、夏ですから、と意味不明なことをつぶやきつつ本題へまいります。
■電子書籍の現在地
ダイヤモンド社の「もしドラ」の電子書籍は3万部だそうです。電子書籍で3万というのは破格の数字なのですが、リアル書店で100万部ですから、そんなものかというのが世間の評価です。それが電子書籍の現状でしょう。
電子書籍の現状というのは
1.紙で売れていないものは電子書籍にしても売れない
2.紙で売れているものでも電子書籍はその3%
3.電子書籍のみのセールスはほとんどない
アメリカのデータでも全米の電子書籍の平均販売部数は60部程度といわれます。60部!です。ミリオンでもハンドレッドでもなく、ただの60部。キンドルがあっても、ipadがあっても60部。
拙著電子書籍『本気で出版しようと思ったら読む 出版社の本音と攻略法がわかる本』など、アメリカの平均に較べればけっこうましなほうじゃんと、思わず意を強くしてしまいました。
その本多の電子書籍
↓
『本気で出版したい!と思ったら読む出版社の本音と攻略法がわかる本』
絶賛!売れ残り中
さて、見え透いたPRと低レベルの比較はともかくとして、ブランディング戦略として出版を考えるかたにとって、電子書籍はいかなる世界を提供してくれるのか。
データを見る限り、いまのところ電子書籍は紙媒体と勝負になりません。これが電子書籍の現在地です。では将来はどうなるのでしょうか。
前回も記しましたとおり、出版は書店という既存のステージがあるから著者のブランディングが成立するのであって、それは物理的な制約の賜物に他なりません。
書店のスペースに限りがある以上、著者エントリーの数にも制限がある。そしてエントリーの資格審査を出版社が行っているという構図です。
既存のステージの勢いが鈍くなるにしたがい、そのステイタスにも翳りがさす。電子書籍が既存の出版界を侵食することによって、既存のステージはその地位を後退させることになります。
では、それにかわって新たなステージが登場することになるのか、というのが今回のテーマです。
■電子書籍は著者ブランドの崩壊か、新たなステージか
電子書籍はカンタンにいうと、だれでも著者になれるシステムですから、従来のような著者であるということが、即ブランドとなるかとなるとちょっと覚束ないところです。
ですから、だれでもエントリーできるノーブランド著者のステージから、ブランド著者へ選抜されるシステム、つまりエントリーフリーのステージの上にプレミアムステージをつくることが、ブランドの効果を発揮させるために必要となります。
電子書籍の世界で、著者であることを一定のブランド効果として発揮させるとしたら、次のようなステージの構造になるだろうと思います。構造は三つのステージで組み立てられます。
1.<裾野構造>オープンステージ
だれでもいつでもエントリーできるステージです。いわばストリートミュージシャンのように、自分で自分の本を路上で売るに近い状態です。昔、新宿の路上で自作の詩集を売ってる人がいましたが、基本的にはあれと同じで、やる気になればだれでもできます。
そうお金もかかりません。課金システムさえしっかりしたところと契約しておけば、一応電子書籍として世に出すことができます。
2.<上位構造>プレミアムステージ
おそらく出版社・書店、すなわち既存出版界は、ここの主となることをねらっているはずです。読者というのは常に初心者ですから、なにを選ぶか選択の技術を持っていません。その結果、行動となって現れるのは、安心できるところで選べばよかろうと、名の通ったところから購入することになります。
このような購買行動をとる読者は少なくないはずです。プレミアムステージでは、出版社の信頼性が高ければ高いほど、電子書籍の著者ブランドは大きく発揮されることになります。
3.<頂上構造>オーバーザトップステージ
有名著者、流行作家のポジションです。発信者として非常に影響力のある人たちで、紙でもベストセラー作家、電子書籍でも圧倒的に多くの読者を確保している人たちですから、全てのステージの頂上に君臨するでしょう。
ただし、入れ替わりは激しく、個々の寿命はそんなに長くはないと思います。
■裾野があっての上位構造
要するにアマチュアとプロの構造で、アマチュアの裾野が広いほど、トップのブランドは高くなるという構造です。
現在のところ、裾野構造の上にプレミアムステージをつくろうと、既存出版界があれこれ策動している最中ですが、裾野ができてないうちに上部構造は建たないだろうと思いますので、思惑が実現するまでにはもうしばらく時間が必要でしょう。
裾野構造は、将来、検索システムが向上すれば、名もない作品にも陽の当たるチャンスは訪れるでしょう。なかにはベストセラーに駆け上がる注目作品も出てくるはずです。それは間違いない。
たとえばケータイ小説という分野も裾野構造ですし『電車男』もそうですね。ですから、すでに裾野の一部は出来上がりつつあるといえます。
しかし、このステージはいつでもだれでもエントリー可能な夏祭りの素人のど自慢大会のようなものですから、エントリー自体にブランド価値はありません。電子書籍の99%は、このステージにとどまるのではないかと思います。
上位構造は、既存出版界の版元でも書店でも、資本があれば形を作ることはできるでしょう。実際、現在構築中でもありますし。
コンテンツも数多く確保しているわけですから、読者を吸引する方法はいくらでもありますし、紙と電子とのバランスを見ながら軸足を調整していけば、経営的にも大きなリスクを背負わなくてすむかも知れません。
このステージはエントリーフリーではありません。資格審査をともないます。したがって著者であるというブランディング効果は有効です。
既存の出版と同様に出版社がエントリーの資格審査権を持ちますので、出版社に認められた著者ということで、ブランドは価値を発揮します。ただし、上位構造は基盤が脆い点があります。
多くの読者は出版社で本を選んでいませんから、検索システムの機能と読者の検索能力が上がれば、あえてこのステージから本を選ぶ必要はなくなります。
たとえばちょっと変わった恋愛小説が読みたいと思ったとき、「純愛」で「不倫」というやや支離滅裂なキーワードを打ち込んで、これにパーシャルに対応する検索システムから渡辺淳一の本がずらずら出てくる。そのように読み手が検索に慣れ、システムも読み手の動きに合わせて機能するようになっても、依然としてこのステージが存在意義を持つのか、それは疑問です。
裾野が膨大になったとき、プレミアムステージもそれに飲み込まれてしまう恐れがあります。
■ブランドはイコール実売ではない
頂上構造はいわずもがなで、その時々の勝ち組著者のポジションですから、たとえオープンステージから駆け上がってこようが、プレミアムステージからステップアップしてこようが、売れてる著者にだれも文句のつけようがありません。
唯一の懸念は、その入り口は狭く、滞在時間にも限りがあるということくらいでしょう。
電子書籍も読者を獲得する、売れることを目指すならば、その勝者
が頂上構造やプレミアムステージから出てくるとは限らず、オープンステージから出てくることも十分考えられます。むしろ数からいって圧倒的多数のオープンステージから出てくる確率のほうが高い。
そうするとプレミアムステージは、常にオープンステージから駆け上がってくる新人著者を吸収するシステムを持っていないと、取り残され、下位に転落の危機さえ生じます。
新人著者を吸収するシステムとは、要するに資本力以外ありません。よりよい条件で作家を確保する以外に決め手はない。いつの時代も一緒です。
一方、プレミアムステージが確立されれば、そこでは著者のブランドは確保されることになりますので、たとえば、どうしてもプレミアムステージに出品したいという人は、出品料を支払って電子書籍を出すということも起きるでしょう。
バナー広告費のようなものです。新人の確保のためには資金が必要ですから、出品料付きの電子書籍も増えるかもしれません。なんだか出版社というより、デパートみたいなことになってきそうです。
電子書籍のプレミアムステージが、近い将来誕生することはほぼ間違いないと思いますが、短命に終るか、ひとつのポジションを獲得するかはわかりません。
ただ、プレミアムステージができなければ、既存の出版界がポケベルと同じような運命を辿ることになる懸念は大いにあります。
なにかすこし寒くなってきたので、今回はこのへんで。
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