おはようございます。
出版メルマガの本多泰輔です。
4ヵ月ぶりのメルマガでございます。
最近気づいたのですが、読売新聞は右寄りになってますね。
昔から保守系の新聞じゃないかと言われるかもしれませんが、論調のことではなくてですね、「読売新聞」という題字の位置です。
昔は一面最上部の左右センターにどーんとあった題字が、いまはやや右のほうに寄っています。それで右寄り。
そういう意味では朝日新聞は右端に題字がありますので、最も右端の新聞と言えます。
さて、そんなどうでもいいことは措きまして、今回のテーマ、消えた1兆円とは何かといいますと、出版業界の市場規模に関係することです。
ご存知の向きも多いと思いますが、出版市場は1996年がピークで、その後ずっと右肩下がりが続いています。
出版業界は、1996年まではずっと右肩上がりでした。
当時から出版界に身を置いていた人間としては、右肩上がりだからといって羽振りがよかった記憶は皆目ありませんが、発行点数、発行部数は確かに年々増えていったなあという思い出はあります。
増えなかったのは給料くらいでした。
出版市場のピークは2兆6千億円、それが1996年でした。
そして、昨年が1兆6千億円、今年は1兆5千億円台となるでしょう。
つまり1兆円ほど市場が小さくなってしまったわけです。20年かけて。
出版社と会っていても、なんだかケチケチしていて、話の中身がいつも渋いと思われている人が多いでしょう。
もともと根がケチだということもありますが、その背景にはこうした事情もあるのです。
では、1兆円はいったいどこへ消えてしまったのか。
1兆円といえば、積み上げればタワーマンション一棟くらいの高さがあります。そんな大量のお金が動けば目立ちそうな気がしますが、あまりよくわかっておりません。
本メルマガではこのテーマについて、すこし連続して追いかけてみたいと思っています。
■不況下の日本経済に輪をかけた不況業種
1996年から2015年までの20年間で、出版市場は1兆円小さくなったといっても、日本経済はほぼ横ばい。
出版市場が1兆6千億円だったのは1986年ですが、このころの日本のGDPは300兆円ほどで現在は500兆円ほど、GDPは200兆円増えましたが、出版市場は1986年の水準に逆戻りという状態です。
この出版界の状態と、規模は違いますが、相似形なのが音楽業界です。どちらも再販価格体制ですし、流通形態も扱う商品の本質はソフトという点も似ています。
出版市場の衰退と音楽市場の衰退はインターネットの影響が大きいのは論を俟たないと思います。
日本のインターネット元年は1995年でした。
まだ会社のPCはネットとつながっていなかったため、わざわざ渋谷のインターネット・カフェまで体験しに出かけて行ったことを思い出します。
インターネット元年といっても、まだ企業のホームページのURLを掲載した「URLの電話帳」のようなものもありました。わたしもそんなのを企画していました。
当時は、まだまだ紙媒体の伝達性のほうが強かったのです。
したがって、出版市場は1996年にピークを迎えました。しかし、それもほんの1〜2年で逆転されます。
1997年に数字が下がってのは、大きくは消費税の2%アップが要因ですが、1998年以降も下がり続けたのは、インターネットによる影響と見るべきでしょう。
あの頃にはまだあった『知恵蔵』(毎日新聞社)、『イミダス』(集英社)もいまはありません。
この種の情報源は、完全にネットに取って代わられてしまいました。
■出版社は何を減らしたのか
ここで、市場規模が1兆円も減って出版社はどうやって帳尻を合わせているのだろうというところから見てみたいと思います。
1兆円も市場規模が小さくなっているのですから、出版社も何かを減らしていないといけません。一体何を削って生き残っているのでしょうか。
『知恵蔵』、『イミダス』はなくなりました。
しかし、この2つが1兆円も売れていたわけではありません。
2兆6千億円が1兆6千億円になったということは、20年間で約4割減っているということです。
4割というのは相当すごい数字、必ずどこかにはっきりとした痕跡があるはず。それを探してみましょう。
まず出版社数が4割減ったのか。
市場が小さくなっているのですから、やはり出版社の数も減っています。ピークは1997年の4612社ですが、それから減り続け2014年は3534社、だいたい33%の減少です。
しかし、出版市場は上位10社で市場全体の半分を占めます。
上位100社の売上がほぼ市場全体の規模であり、100位以降の会社の売上はほとんど誤差のようなものといわれています。
100位以内の出版社でも退場した会社はありますが、消えた33%のほとんどは下位の出版社でしょうから、それが市場規模に影響しているとはあまり考えられません。
出版社の社員数はどうでしょうか。
大手は、ほぼ例がなく何らかのリストラをしています。
しかし、さすがに4割も減らせば会社組織として立ち行かなくなります。見聞きしているところでは、せいぜい1割から2割弱というところでしょう。
そのリストラされた1〜2割の人々も、結局ほとんどがどこかに出版社に再吸収されています。
新卒採用はかなりしぼっていますが、それはここ5〜6年のことですから、総人数としてはそう大きく変わっているようには見えません。
給料は増えてはいませんが、減給となったわけではありません。
外編やライターのコストも減らされてはいますが、これも2割減程度です。外編やライターの仕事量も2割減くらいかもしれません。
著者の印税も下がる傾向です。
印税率もそうですが、刷り部数印税から実売部数印税へのシフトなど、支払い形態でも事実上の現象となっています。
それでも4割は下がってはいませんね。平均低下率は、相当雑なみなし計算で2割減くらいというところではないでしょうか。
もちろん印税率は著者によっても異なるので、正確なところはわかりません。昔は何も考えずに10%印税にしてましたけどね。
■発行部数4割減の背景にあるもの
印刷費などの制作費は、社内DTPが一般化し、かなり安くはなっています。
印刷や製本の費用そのものは、そう大きく下がっているわけではないようですが、1996年当時にはまだあった組版代、製版代などはほぼゼロに近くなっているでしょう。
製造原価という一冊当たりの直接コストは、IT化によって大きく下がっているかと思います。この点は出版社にとっての恵みですね。
出版社が1兆円も消滅した市場で、まだ息が続いているのは、インターネットを生んだITのおかげというのも奇しきめぐり合わせです。
4割減の背景が、はっきりと見えるのは総発行部数です。
売上が4割減っていますから、当然、年間の総発行部数も4割減となっています。
単価はおおよそ4割上がっているので、売上を4割減らしているなら、発行部数は4割以上減っていないといけないはずです。
雑誌については、たしかに発行部数の減少率は売上の減少率より大きいのですが、書籍のほうは、文庫や新書の点数増加によって平均単価はあまり変わっていないのでしょう。
しかし、全体に減少傾向にある出版業界にあって、新刊の発行点数だけは依然として右肩上がりなのです。その割りに、返品率が上がっていないのという不思議な点もあります。
これはどういうことなのか。
ずばり、新刊の初版刷り部数が減っているということになります。
体感的には、ピーク時のほぼ半減でしょうか。
■薄い利幅で少ない売上
1996年の頃は、初版部数は何にも考えず8千部としておりました。
いまは初版部数を決める立場ではありませんが、印象としては、何にも考えずに初版部数4千部〜5千部としているように見えます。
まあ、実際には何にも考えずに決めているわけでもなく、取次ぎからのブレーキもあって平均的に4千〜5千という初版部数のようです。
書店の数も減っていますから、取次ぎがブレーキをかけたくなるのもむべなきかなです。
発行部数のほとんが、実は初版部数で占められるということであれば(たぶんそういうことでしょう)、ここが4割減っていれば発行部数も売上も4割減少となります。
発行点数が増えていて、売上が伸びていないにもかかわらず、返品率が上がっていないという現象は、発行部数を抑えているからです。
返品率ばかり気にしてシュリンクすることには、問題の解決というより、かえって深刻化させているという思いを抱きますが、それはともかく、市場規模の4割減に見合う出版業界の縮小の大きな要素の
ひとつは新刊部数にあると考えています。
新刊一点あたりの発行点数が減れば、コストアップとなって出版社の経営を圧迫しますが、幸いなことに製造原価はITのおかげで下がっていますので、なんとか経営できているのですね。
著者が本を出してもあまり儲からないのは、こうした背景があるわけです。編集者と話していても、渋い話しか出てこないのも同様の理由です。
普通の経営者であれば、こんな斜陽の市場に新規参入する人はいないでしょう。さっさと別の有望市場へ向かうはずです。
現役の出版社経営者も実は内心そう思っているかもしれません。
しかし、消えた1兆円の謎はこれだけではありません。
このテーマは次回も続きます。
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