実践!マーケティング戦略の着眼点 |
第5回 『ブランディングにまつわるエピソード |
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〜顧客主導のブランディングもありです〜』 |
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プロローグ |
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それは、ある婦人服メーカーの社長(オーナーデザイナー)からの相談でした。
自らデザインした自社ブランド製品を海外の協力工場で縫製し、都内の直営店での販売とGMS(総合スーパー)系SC(ショッピングセンター)に入居する専門店への卸売を展開して10年余。
曰く、キャリアウーマン向けのビジネスウェアをお手頃価格で展開しており、順調に売上を伸ばしてきたが、この2年ほど頭打ちである。
コンセプトは「自立した女性のための、知的で洗練されたビジネスウェア」であり、直営店の顧客に店頭アンケートを実施したところ、ほぼ同様のブランドイメージであるという。
そこで、キャリア志向の30代独身女性をターゲットに、ファッショントレンドを採り入れたデザインを採用し、価格帯をやや高くして、百貨店ブランドへの脱皮を図りたいと。
その際の広告展開につき相談したいのだと、Vogue誌片手に熱く語られました。
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先ずは現状把握 |
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これは、ブランドのリポジショニングという作業です。言わば、従来築き上げてきたポジション(=市場の評価)を捨て、新しい価値観に基づくブランディングを展開するということです。
当然ながら、そこには大きなリスクも伴いますので、慎重に現状を見極めた上で、戦略的に取り組む必要があります。
リポジショニング実施のためには、先ず現在のポジションを把握する必要があります。
社長はブランドコンセプトの通り「自立した」「キャリア志向の」「知的な」「キャリアウーマン」がターゲットであるといいますが、拠りどころが先の店頭アンケートというのでは些か心許ない。
そこで、約20,000件あるという顧客リストを基に、郵送方式によるアンケート調査を実施して、定量分析により顧客像を把握することとしました。
その結果判明したこと、それは「自立した」「大人の」「知的な」「洗練された」というブランドイメージでした。先の店頭アンケートとほぼ同じ結果です。
注目すべきはユーザープロフィール。
職業は「一般事務職」(40%)、「販売職」(20%)が過半数を占め、所謂キャリアウーマンといえる職種は僅か15%。将来の希望も「結婚して退職」(50%)が「定年まで働く」(20%)の2.5倍。
購読雑誌も、キャリア向けファッション誌よりは週刊誌中心という結果。
ブランドイメージとは凡そ対極にあるユーザー像に愕然とする社長。
今までのブランディングは一体何だったのかと嘆いておられる。
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ブランディングは失敗だったのか |
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では、この会社のブランディングは失敗だったのでしょうか。応えは否でしょう。
そもそもブランディンングとは、ブランドの特徴を明確にして発信し、価値を高めて行く行程です。
発信したブランドイメージを、ユーザーがそのまま共有してくれているという結果は、むしろブランディングの成功例といえるでしょう。
但し、ここで問題なのは、発信すべきターゲットが意図したものと異なっていたという点です。
従来、マス媒体を使った広告展開をしておらず、専ら卸売先が出店するSCの折込チラシと、年2回の自社カタログ発送による限られた情報発信だけだったため、問題は顕在化しませんでした。
しかしながら、今回のユーザー調査を経ることなく、社長の想い込みで冒頭のような広告展開を実施していたら、全く的外れのターゲットに的外れの広告を実施することになっていたかもしれません。
それどころか、ブランドのポジションを変更し、商品や価格帯まで変えてしまっては従来のお客様さえ失ってしまうことにもなりかねませんでした。
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ブランディングに必要なのは適切な戦略です |
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さて、未だショックから立ち直れない社長は、どうしたものかと頭を抱えておられる。
本来想定したターゲットに向けた商品をデザインするべきか、はたまたユーザーの実態に合わせた商品を作るべきなのか。
いいえ、違います。
今の商品を、今のイメージのまま展開すればよいのです。
そこに顧客ニーズを反映させる。そして、それを今や明確になったターゲットに向けて発信することにより新規顧客の獲得と既存顧客の活性化を図れば、最小のコストで最大の効果が得られるのです。
そもそもブランドイメージとターゲット顧客像が同じである必要など、どこにも無いのです。
海外の高級ブランドを買い漁る顧客の全てがブランドイメージと一致していますか。
大切なことは、実態を把握して、適切な戦略を構築し、実践することです。
それでは、顧客ニーズをもう少し具体的に見て行きましょう。
先のアンケートによる定量分析の結果、「知的なキャリアウーマン」に憧れるまたはそれを装いたい21歳〜35歳の働く女性がメインターゲットであることが明らかになりました。
更に、初回購入年齢を見ると21歳〜25歳が約40%を占め、現在30代の方も殆どが20代の頃からの継続ユーザーであることが判明しました。ブランドとの最初の接点は、社会人になって間もない頃と考えられます。
また、ブランドの魅力については「価格」「流行に左右されないデザイン」が上位に挙げられていました。
これがホンネ部分。したがって、高価格帯のビジネスウェアには関心を示さないでしょう。
なぜならそこは、彼女らにとって主戦場ではないからです。
これらの分析結果に基づき、以下のような戦略を立てました。
ブランドコンセプト: |
「自立した女性のための、知的で洗練されたビジネスウェア」(変更無し) |
商品戦略: |
従来のスタイルの踏襲と、トレンドカラーなどの部分的採用による既存顧客の再購買需要促進 |
価格戦略: |
現状価格帯の維持(または生産合理化による低減) |
流通戦略: |
GMS系SC内店舗を基準としたパッケージ作りと販売拠点拡大 |
プロモーション戦略: |
顧客レベルに応じたセグメントDMでの継続的な情報発信による既存顧客の活性化と、就職関連誌及び女性誌のビジネスウェア特集に特化した広告展開による新客獲得 |
収益目標: |
直営店既存顧客売上シェア50%、総売上前年比130% |
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エピローグ |
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1年間の実践は、総売上前年比140%、営業利益同150%という成果に表われました。
1顧客当りの購買頻度も向上し、既存顧客シェアは50%を上回りました。
こうして、お客様にとって「(価格以上の価値をもたらす、流行に左右されない)自立した女性のための、知的で洗練されたビジネスウェア」というブランドが確立して行くのです。
予め想定したターゲットに対して仕掛けていくことがブランディングならば、既存の顧客に乗っかること。
これも歴としたブランディングなのです。
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■バックナンバー
第1回 「毎日がケーススタディ、実践、実践、また実践〜マーケティング思考を身につけよう」
第2回 「マーケティングは弓矢の如く〜ポジショニングとターゲティング」 第3回 「お客様は語る〜データベース・マーケティングの実践〜」 第4回 「広告宣伝費を4倍有効に使う方法〜基本を押さえてコスト半減、効果は倍増〜」 第5回 「ブランディングにまつわるエピソード〜顧客主導のブランディングもありです〜」 第6回 「失敗しないマーケティング戦略〜お客様の立場で考える〜」 |